2015年9月23日水曜日

23日(日)晴れ・・・庭掃除

平成二十三年
妙法 清澄院日大信士位
六月二日
俗名 田中大偉
享年十六歳


庭が雑草だらけで、大変な事になった・・・


6月の梅雨前から、少しづつ雑草が出てきて

まだ、少ないからいいやと1週間・・・2週間とほったらかすと大変な事になってしまう。



わかっているのに・・・


今年もほったらかしてしまった。


しかも、前の空き家の塀を乗り越えてきた雑草も絡まってる~っ・・・



昨年、オリーブに絡まってダメにしてしまった。


その木に絡まった草を除いた。




その後に・・・玄関前の藤の木、椿と庭のベニカナメ。


電動の剪定チェーンソーを借りて綺麗にした。



枝を拾いながら・・・小さい頃の子供達の事を思い出していた。



N-nhaは、家内の夕飯のお手伝いなどして


大偉は外にいる方が好きだったので、

枝を集めていながら褒められてご機嫌になり

得意気な顔をしていた様子を想像しながら、後片付けをした。


大偉と一緒に作った枕木のベランダも今年で8年?・・・9年くらいかな。


この家にはたくさんの思い出がいっぱい詰まっていると

あらためて感じた一日だった。



2015年9月20日日曜日

20日(日)晴れ・・・無駄な事は

平成二十三年
妙法 清澄院日大信士位
六月二日
俗名 田中大偉
享年十六歳


誰も今までやった事を成し遂げようとする時・・・


自分がその立場にたった時・・・・


他の人には経験した内容が、自分にはまったくない時・・・


今までの人生の経験、知識を生かし

また、誰かに知恵をかりながら頑張ろうとする時。



こういう場面は今までの経験上、幾度となくある。


その度に資料を集め、関係者に説明し・・・協力を得ながら


一歩進んでは、また戻るの繰り返しをしながら少しずつ前に進み

その成果を積上げ成し遂げる。


その成し遂げるまでの道には、多くの困難が立ち塞がり、邪魔になる事も

面倒になる事も・・・投げ出したくなる事も時にはある。



理解を得ない人に対して理解してもらうには相当苦労はするが・・・



「何かを成し遂げるために、面倒な事は何もない」

「失敗しても、またスタート地点に戻れる」


と言った人がいるらしい・・・・


「ナポレオン」



この言葉を聞いて、まさに4月から一生懸命にその思いに向かい、

会社の帰りに集まり知恵を絞り頑張っている。


すぐに軌道に乗ることはできないが、私達はそれに向かう夢ではなく

現実を勝ち取るために結束した仲間。


絶対に確固たる意志を持ち、ぶれる事もなく進んでいく。



2015年9月16日水曜日

16日(水)曇り・・・こんなだったのか?

平成二十三年
妙法 清澄院日大信士位
六月二日
俗名 田中大偉
享年十六歳



シルバーウィークを目前にお休みをいただいた。


N-nhaを何処かに連れていきたくて・・・


家内に聞いても・・・

N-nhaに聞いても、特別行きたい場所はなく


私から、じゃ、ここは?

あそこは?と聞いてもヒットしない!


バイクをいじりながら、決まったぁ~と聞くと

じゃ、木更津アウトレットに行く!という事にきまった。


ところが・・・家を出たのが昼過ぎ。


今からと思ったけど、ドライブがてらでかけた。


R16を千葉方面へ向かった。


大偉の現場を横目に見ながら柏方面に進むが少し渋滞中。

平日なのでトラックはやっぱり多い。


少しずつ進んでは停まりの繰り返しが続いた。


追い越し車線にいて、停車中・・・


何気なく左サイドミラーを見ると



救急車が走ってきたのが見えた。

みんな中々幅を開けられず思うように走ってこれていないのがわかった。

車間をとらず停まっているせいだ・・・。


大きなトラックもいたので、なかなか空けようにもあかない。


救急車が後ろにきてから空ける車もある。


そんな前後の光景をみながら、大偉の時もこんな感じだったのかな?と思った。


大偉が倒れている、その場にすぐ来てくれたのかな?


大偉を乗せて、すぐに病院に連れていってくれたのかな?


毎日交通事故がおきる世の中・・・


あそこの現場で交通事故がおきて


16歳の大偉が亡くなったなんて、大偉に関わった人以外は知らないと思うけど・・・


今は・・・

大偉のZEPHERを守る事だけです。







2015年9月7日月曜日

7日(月)雨のち曇り・・・やったぁ~!

平成二十三年
妙法 清澄院日大信士位
六月二日
俗名 田中大偉
享年十六歳


審査合格の知らせが届いた・・・

実は、日曜日には発表されたいたのだ。

野田から受けた二人も見事合格したし、I-ueさんも合格。

受けを取った私もこれ以上のない喜びです。

稽古では、ほんと最後の2,3週間はみんな辛かったと思う。

今まで通ってきた道なんだけど、あらためて稽古をすると混乱し

わからなくなってくる。


審査内容をみると、みんなやりきった感がある!

https://youtu.be/8hgpgjys0cg?t=52m40s
※52分40秒あたりから黒帯二組目の審査がはじまります!

https://youtu.be/wQmJfmI9QgY
指定技から最後の自由技へとクライマックス



みんな おめでとうございます!!


2015年9月5日土曜日

5日(土)晴れ・・・審査

平成二十三年
妙法 清澄院日大信士位
六月二日
俗名 田中大偉
享年十六歳

昨日までのジメジメした天気とは違い、少し清々しい晴れとなった。

決してカラッとはしていないが、この一週間は天気が不安定で・・・。

そんな中、少年部の稽古指導を終え先生と今回審査を受けるH-shiと

さいたま市記念体育館に向かった。


朝・・・
大偉とみるちゃんに、審査に向かう事を伝えみんなに力をくださいと。

私はI-ueさんの四段審査の受けを担当した。




5月2日の稽古中に右ふくらはぎを肉離れして浦安の演武大会の出場を断念。

ようやく稽古再開の目途もたったが、約束していたH-shiの弐段審査受けを断ったところに
タイミング良く参段審査を希望していた会員が現れ、仕手受けとなった。

めでたし!



そんな中 6/14 19:38
一本のメールが飛び込んできた!

「ご相談です」と書かれた内容は、四段の受け依頼の件だった。

稽古はまだ完全に動ける状態ではなかったが、H-shiの相手も決まった事だし

ちょうどJim先生からも伺った所だったので、快くお受けした。

当時は、まだ3ケ月もあるから徐々に稽古をしていけば大丈夫だと思っていたが、

中々自分の思ったように体がついていかない。

ふくらはぎが怖くて思い切って動けないのだ。

電車の中ではDVDをみたり、技名を覚えながらシミュレーションをしたりと

8/9のBBQパーティーが終わったくらいには、ほぼ動ける状態にまで戻った。

吹上からI-ueさんに来ていただいたり、吹上に行ったりと最後は自分達一人一人が

今やるべき事を一生懸命にやっていた。

審査は、今できる最高の力を出し切れたと思う


大偉も旅先で応援してくれていたのかな?

H-shiと同じくらいに進んでいたんだなぁ~と思う。

2015年9月4日金曜日

4日(金)曇り一時雷雨・・・参列者

平成二十三年
妙法 清澄院日大信士位
六月二日
俗名 田中大偉
享年十六歳


家内から、大偉の時の参列者について連絡があった・・・

PCの中を覗き、見つかった・・・


多くの方の名前が入力してあった。


本当に息子の参列者名簿なのかと・・・・


今でも当時の大偉の寝顔が出て、ハッとする事がある。


2015年9月2日水曜日

2日(水)雨のち晴れ・・・冷たい土の上に

平成二十三年
妙法 清澄院日大信士位
六月二日
俗名 田中大偉
享年十六歳


今日は月命日・・・

朝から雨が降っていたけど・・・午後から晴れた。

もしかしたらN-nhaが運転して大偉とみるちゃんに会いに行くから

大偉が頑張って晴れにしてくれたのかな?


その日の夜のTV・・・

テロの襲撃で目の前で子供を亡くした母親・・・

その母親を守ったSP。

母親は娘の亡骸を見て、SPを責めた。

SPも長い年月の間、自分の行った行動を責めた・・・何が正しかったのか?

誰もわからない。


そんな中、偶然にもそのSPと一緒に仕事をする事になった。

娘の墓前で、母親はSPにこう言った。


「娘は、この冷たい土の上にいるのよ!」と。

SPは無言のまま頭を下げていた。


この言葉を聞いて「ドキッとした」

大偉もみるちゃんも・・・夏は暑いし、冬は寒いし。


本当は近くにおいておきたかったけど・・・そうもいかなかったからね。

ごめんね。