2011年8月5日金曜日

4日(木)曇りのち晴  ゴキブリ・・・

  平成二十三年
妙法 清澄院日大信士位
  六月二日
俗名 田中大偉
  享年十六歳


今日は、朝からてんてこまいだった。
2日間外出していたので、メールの処理に追われながらの問合せ、資料作成などなど・・・

余計なメールは・・・無視!

それでも、中々終わらず会社を出たのが、22:00だった。

3月までは、当たり前の時間だった。むしろもっと遅かったり、徹夜もあったくらいだったが、4月以降ははじめての時間だった。

野田線・・・

梅郷に間もなく着く頃・・・右からの視線。

見ると、大偉の中学の時の先輩だった。

こんばんは!

と声をかけて来てくれた。

色々可愛がってくれて、大偉が亡くなってからも何度も来てくれた。

とても元気そうで安心した!


7月31日の深夜・・・

前日のブログを書き込んでいた。

深夜3:00を回っていたのかな?あまり覚えていない。

ようやく書込みが終わり寝たところに・・・地震!

ちょ~びっくり。

飛び上がり。大偉とみるちゃんのところにいった。

二人とも、地震が大嫌い。

骨壷に手をやり、横目で液晶TVが倒れないか、見ていた。N葉が起き押さえて~!。

地震が静まったのを確認して、また寝た。

この日は墓石のデザインを決めに行かなければならず、ゆっくり寝ていられなかった。

夢・・・。

私は、合気道のA藤師範と私の家のリビングで大偉の事を話していた。

他にも違う来客がいた。

・・・・・ゴキブリ

大偉!・・・ゴキブリとって!

「え”っ~」と言ってる大偉にゴキジェットを渡した。

早く!

目が覚めた。

大偉が亡くなってから、はじめて大偉の夢を見た。

顔はわからなかったが、大偉と会話した。

ゴキブリの夢だったけど・・・大偉とつながった。嬉しかった。

今日、電車であったT花君も大偉が亡くなってすぐに夢を見たと言ってた。

もう一人の子も、お坊さんと話してしている夢を見たと言っていた。

大偉。

夢に出てきてくれてありがとう!


本当は、夢じゃくて・・・会いたいです。


あって、ムギュって抱きしめてやりたいよ。


でも、それはできなんだよね。そう思うと悲しいよ。切ないよ。


もっともっと、抱きしめてあげればよかった。


最後に触ったのは、ドライアイスで冷えた大偉の手、足だった。

傷はあったが、化粧して綺麗にしてもった顔。綺麗な手。


・・・別れる最後に、大偉にキスをした。

2011年8月4日木曜日

3日(水)  母から子へ・・・

  平成二十三年
妙法 清澄院日大信士位
  六月二日
俗名 田中大偉
  享年十六歳


昨日に引続き、豊洲の事務所に向かった。
月命日ほどの悲しさはない。
やはり、月命日はそれなりに違うみたいだ。

3日の朝・・・am5:30.

事故現場にいた。


月命日の前日・・・お線香をあげに行きたいとの電話の内容だったが、あいにく都合がつかず断った。

彼らは、せめてとの思いで、出事故現場に向かったんだろう。5本のタ〇コがおいてあった。

みんなありがとうね。バイク、気をつけてよ。


物心がつき、だんだんとしゃべられるようになった頃。

中々、野菜を食べられないでいた大偉が、しまいには・・・「きらい」という言葉をはっした。


家内は・・・

大くんは、お友達から「きらい」と言われたらどう思う?

嫌でしょ?

食べ物だって一緒だよ。

食べる前から「きらい」はダメだよ。食べてどうしてもダメならしょうがないけどね。少しでいいから食べてからね。


だから・・・


「きらい」 ではなく


「にがて」


という言葉を家内は子供達に教えた。


家内はきらいという言葉が好きではない。子供達にも、きらいという言葉を使ってほしくなかった。
食べずきらいな子にさせたくなかった。

また、お箸の持ち方や、お箸を持っていない手はちゃんとお膳の上に添えるなどして、手をテーブルの下に隠しておかない・・・など、そういった躾は煩かった。

大偉っ、躾という字は、身に美しいと書くんだよと何度も何度も教えた。

大偉が大きくなっても、きらいという言葉は聞いた事がない。


母から子へ受継いだ言葉の一つだった。


大偉。

そっちの世界の食べ物はどうだ!

ちゃんと食べているか?

苦手な物は?・・・やっぱりトマト。

まっ、しょうがないか。

何か、ほしい物や、食べたい物があったら遠慮なく言うんだよ!みるちゃんにも伝えてね。

それから・・・

相談したい事があるから、お願いね!

じゃ、お休み。

2011年8月3日水曜日

2日(火)曇り  おきて・・・

  平成二十三年
妙法 清澄院日大信士位
  六月二日
俗名 田中大偉
  享年十六歳


携帯のアラームをセットした。

16:12分と17:40分に・・・・

16:12分・・・事故した時間
17:40分・・・死亡と救命救急士から告げられた時間

(事故した時間は、大偉がガソリンスタンドのカメラに写ってる時間とバイクの速度、現場までの距離から警察が割り出した時間)

2日の日は必然に親会社(豊洲)に行き、作業をした。事故当日もそうだった。

朝、有楽町線に乗り豊洲に向かう。

あ~ぁ、事故した当日もこの電車に乗っていたな。

家内からの突然の電話・・・

地下のため、駅構内でしか繋がらず・・・ものすごい嫌な胸騒ぎ。

構内に入るタイミングでメールをする

事故・・・?

やり取りした事を思い出した。とても辛い電車だ。

本当は、3日~4日の作業だったのに、急遽2日~3日の作業となった。

これも・・・必然なんだなと思った。


今日は、大偉の2回目の月命日になる。

もう2ヶ月?まだ2ヶ月・・・時がゆっくりと流れている感じがする。

まだ、やりたい事があったろうに・・・

大偉・・・。

まだ、教えてあげなければならない事がたくさんあったのに。

まだ、色んな事を一緒にしたかったのに。

まだまだ・・・

天国に行くには、ちょと早くないかな?

大偉はなんでも突然何だから・・・お父さん、今回はちょっとキツイよ。

大偉に何を教えてあげられたのかな?

大偉に何を伝えられたのかな?


大偉が亡くなって思うことは・・・・


教えてもらったのは・・・お父さんだった。

伝えてもらったのも・・・お父さんだった。

大偉から、色んな事を学んでいた事を亡くなるまで気がつかなかった。・・・ごめんね。


ちょっとした事での喧嘩。

何で分からないの・・・?

何でもっとわかってやる事ができなかったのかな・・・。

わかろうとしなかったのかな・・・

ごめん。

ちょっと、煩すぎたね。


本当に、本当にごめん。


だから・・・逝っちゃたの?


大偉。

また、お父っ~って呼んでよ。


尊敬している方のメールを掲載します(無断ですみません)

以前、H嘉先生や他のスピリチュアルに関心のある人達と話しをした時に、人の寿命について話した事を思い出しました。

この世は皆、足りないものを補う為に魂の修行しに来ている。
この世を早く去ってしまう人は、現世では寂しい事ですが、精神世界では素晴らしく早く修行を終了された極めて卓越された魂のようです。

大偉くんって、皆を一つに繋ぐ素晴らしい力を兼ね備えていたんですね。

最後に・・・

辛く理解し難いかもしれませんが、私は田中さんのブログからそう感じました。

と締めくくってあった。

メールをもらって何度も何度も読み返した・・・

いただいた、メールの通りだと思う・・・が、

ちょっと、早いよ!

家内が前に・・・大偉は、世の中の16歳の男の子がする事、結婚以外はすべてしたんじゃない?と言った事があった。
とても凝縮された人生だったのかなぁ~と思った。


13日の稽古には、みんな大偉に会いに来るからね。楽しみにしていてね。

大偉が私たち家族を繋ぎ止めて、色んな方達とつながり合わせているんだね。

大偉・・・たいした男だよ。お前は・・・。お父さん、大偉を尊敬するよ。

友達からも、メールや電話があるんだよ。

みんな、大偉に会いたくてお父さんの携帯やメールアドレスを探してね!

大偉・・・

「まるものおきて」っていう番組知ってるでしょ?

うちも、おきてをつくったんだよ!

事故当日、大偉が寝ていたから声をかけずに会社にいったら、9時間後、無言の大偉と会うことになった。なぜ、起こしてまで声をかけていかなかったのかとものすごく後悔している。

だから、つくったの。

おきてはね・・・一番最初に家を出ていく人に合わせて、全員が起きる事。必ず声をかけて家を出て行くこと!
N葉は、眠たい眼をこすりながら起きてくるんだよ(笑)

それから・・・大偉とみるちゃんのお水を、朝飲んで出かける事!

N子さん!
ウグイスは、今も元気に鳴いていますよ。
家に来ていただいた時もすごかったですね!
最近も、その時以上に鳴いて、鳴いて、何か話しかけているように鳴くんです。
N子さんが言ったように、あのウグイスはきっと大偉ですね。

大偉の友達も言っていました・・・亡くなった人は、この世の何か生まれ代わって会いに来るって。
大偉はウグイスになったんだと。

大偉は、みんなの心の中で生きているんだと感じた、2回目の月命日だった。


2011年8月2日火曜日

1日(月)曇り  青春・・・

  平成二十三年
妙法 清澄院日大信士位
  六月二日
俗名 田中大偉
  享年十六歳

今日、中学の時からのお友達と、お母さんが大偉にお線香をあげにきた。

その子は、大偉と同じバレーで中学時代は共に汗を流し戦った、川間中のキャプテンだ。

大偉の南部中と川間中は市内大会で必ず決勝に勝ち上がる、市内では強豪校。

取られては、取り返すといったシーソーゲームを繰り返し、声援を送る親達は、冷や冷やしながら見ている。

その彼の事は、私達家族もよく覚えている。大偉には、負けるが?イケメンです。

高校はお互い別々の道に進んだが、「バイク」という共通の趣味を持ち、時にはツーリングに出かけたりもしていた。

バレー部を通して知り合い、後に親友となり、これから先も長くお付き合いするはずだった・・・。

大偉が亡くなり、自宅に戻ってきた日の夜・・・

お母さんの車に乗せられ、お線香をあげに来てくれた。

彼は、大偉の顔を見るなり、止め処なく流れる涙を、両手で拭いながら、帰るまで泣いていた。

中学の時のバレーの思い出、バイクでのツーリングの思い出、たくさんの思いがこみ上げてきたのでしょう。近くまた遊ぶ約束をしていた・・・

今日も、お線香をあげるとき、涙を流していたという・・・。

今日は会えなかったが、その彼は優しい顔をしている。

本当に、ありがとうね。また、来れたら遊びに来てください。




夕方、私の携帯がなった。見慣れない番号?

最近は、携帯に登録していない番号でも、受けるようにしている・・・。

N安です!(高校の友達)

あの、明日・・・大偉にお線香をあげに友達5~6人で行きたいんですけど・・・という内容だった。

先月も、月命日に合わせ来た。(やる事が「にくいよなぁ~」・・・!)

あいにく、明日は不在で誰も対応ができないためお断りをして、別の日に変えてもらった。

先月も事故現場に立ち寄りみんなで、幸楽苑でラーメンを食べて帰ったという。

みんな、本当にありがとう!

大偉。

みんな来てくれたよ!よかったね。

見えているかい?

お父さんも大偉にみんな会いに来てくれて嬉しいよ!

お線香を直接あげに来れなくても、大偉を思ってくれる人はいっぱいいるんだよ。

お父さんに沢山の電話や、メールが届いている・・・みんな大偉の事を思って。

じゃ、またね。

みるるはどうしてる?元気かな・・・





2011年8月1日月曜日

31日(日)曇り  沢山のお花・・・


  平成二十三年
妙法 清澄院日大信士位
  六月二日
俗名 田中大偉
  享年十六歳

今日は、お墓のデザインを決めるため、霊園を訪れ石材屋と打合せを行った。
デザイン案は家内が考えた。

私としては、ものすごく気に入っている。

デザインの意味などは、後日掲載させていただきます。

夕方は、ニツ塚合気道研究会に1年以上も顔を出していない・・・

大偉も発足当時からの会員で、大偉と遊んだ子供達も多い。

中々、会葬のお礼に行く事ができず今日になってしまった。

発足当時に入門した子達は、立派になって顔つき変わっていたが、指導をしていると「ハイ!」と大きな返事を返してくれる。

「大偉っ~、大偉っ~」って駆け寄ってくる姿を思い出していた。

今日が、審査日で審査内容をみる事はできなかったが、・・・子供達は十分に大偉の事を受け止めて審査に向かったと、同会長のI川さんからメールをいただいた。

みんな本当にありがとう!大偉も天国で一緒に稽古しているからね。

先日、大偉の夢を見たというメールでは、道衣姿だったという。

家族で、事故現場にむかった。

私達がたむけたお花以外にもあった。

月命日には来れないが・・・と言う事で今日来たのかな?

見なれた「お花」があった。

あれっ?・・・もしかして。

先月の月命日にお父様の車に乗せられて、たむけに来てくれたS武台高校のA先輩じゃないの?

家内も同じ事を言った。

他にもあった。

直接、あってお礼できないのが残念ではあるが、本当にみんなありがとうございます。



大偉!

みんな大偉に会いに来てくれているよ。

お父さんと、お母さんは直接あってお礼できないから、大偉がちゃんと挨拶しに行くんだよ。

じゃ、お休み。