2011年8月9日火曜日

9日(火)晴れ  起きて・・・

  平成二十三年
妙法 清澄院日大信士位
  六月二日
俗名 田中大偉
  享年十六歳
 
電車待ちでホームに立っているだけで汗がじわじわと流れ出てくる。


連日の甲子園。

朝から晩まで野球をしていた頃を思い出す。

今年は、何故か気合いの入れ方が違う。

10年振りに出場した習志野だからかな?

会社でも、帝京高校や、地元大阪を応援している社員がいて仕事そっちのけ?で話題になっている。

甲子園に見に行きたいなぁ~。

家内には、習志野が甲子園に出たら見に行くからと言っており、一応了解を得ているが・・・今日も念のため言ってみた。

ちょっと反応が変・・・?

大偉の送り火があるから18日の試合かな? 16日に行くのはね・・・。

だとしたら、準決勝が18日、ついでに19日の決勝も見たいなぁ~!

良い?

反応は変だが、「うん」と言った気がする。

扇風機の音であまり聞こえなかった。

体調も良くないせいか、声もいつもより小さめだったからね。

本当は習志野高校の応援に行きたいんだけど、たまたま、迎え火の日が2回戦。

勝てば、送り火の日が3回戦となる。

大偉が行かないで!って言っているのかな?


今年は、どうしても行きたい。


7:33分初の電車に乗るため梅郷駅にいた。

毎朝、一番に家を出る人に合わせ全員が起きてくる掟なのに、何回もリビングからブザーを鳴らしても娘は起きてこなかった。

電車の時間があったので、声をかけずに家を出た。


ものすごく嫌だった。


大偉の時と同じ繰り返しはしたくはない。


外から娘にメールを入れた。


6月2日の朝の事。
 布団にくるまっていたから何も言わずに家をでた。体はもちろん、その日の朝、顔も見ていない。
 雨が、降っていたんだけど・・・


夕方、何も言わない、動かないお兄ちゃんと搬送先の病院で会う事になった事。

事故なんて突然起きる事。

お兄ちゃんに声をかけずに会社に向かい後悔している事。

こんな思いは二度としたくはない事。

必ず、声をかけてから家を出ようと決めた事。

だから、面倒でも「起きて!」と伝えた。


昨日は自分の部屋で寝た娘は、今日はリビングで私がブログを書いている横で寝ている。

すぐに起きれるからだろう。

私からのメールを読んで、自分なりに考えたのかな?


このメールを打ちながら、電車の中で当日の大偉の事を思い出し結局浜松町駅まで泣いていた。


ハンカチで目を押さえながら・・・。


あの時なんで起こしてまで、声をかけなかったのだろう?

「大偉。雨が降ってるから、バイク気をつけるんだよ」と・・・

本当に、後悔している。

まだ、一緒にいれたのに・・・

リビングで一緒に横になって眠って入れたのに。

ごめんね、大偉。

・・・。

本当に、ごめんね。悲しませちゃって。

8日(月)晴れ  お水・・・

  平成二十三年
妙法 清澄院日大信士位
  六月二日
俗名 田中大偉
  享年十六歳


今日も蒸し暑い日だった。
朝、外出先へ向かう上野駅からの歩き・・・背中がじっとり。


7月16日(土)七七日忌法要

お仏壇のご本尊に魂入れのお経をしていただいた。


大偉の小さな湯のみに毎朝水を入れるのは、私の役目となっている。

みるちゃんの時から・・・。

以前は、前日の湯のみのお水を部屋の中にある木にあげていた。

ただ、捨てるのでなく土に返すという意味で・・・葬儀屋さんが言っていたからだ。

ここ最近は・・・


新しいお水を大偉とみるちゃんにあげてお線香がなくなると、お水をコップに移し、みんなで飲む事にした。


最近決めた。


そして、また新しいお水を湯のみにいれる。

実家にいた頃、親父とお袋は仏壇のご飯を家族に食べさせた。子供の頃はあまり好きではなかったが、食べていた。
その事を思い出した。


うちでは、「お水」にした。


家内と娘は一口。

私は・・・
自分のための一口。
 この先も自分が家族を支えて行くために健康第一。

家族のための一口。
 家族が仲良く健康で過ごせるようにと。

両家の両親と、兄妹夫婦家族のための一口。
 いつも近くで支えてくれる感謝の気持ち。

親戚のための一口。
 いつも優しく見守ってくれている。 

大偉に係わった人たちための一口。
 大偉に係わってくれた方への感謝の気持ち。

大切な・・・のための一口。
 私の大切の人への気持ち。

と数えたらきりがないが、六口を分けて、思いながら水を飲む事にしている。

最後に、和室から南の方角に手を合わせる事もした。

実家の方角とウグイスが鳴いているところだから・・・。


大偉。

ちょっと助けてもらいたい事があるんだけど・・・。

お父さんが言いたい事は、もうわかっているよね?

お父さんには、力が足りなくて全部を助けてあげる事はできないんだよ。

大偉の力が必要なの。

お願い・・・大偉。

2011年8月8日月曜日

7日(日)晴れ  お坊さんと二人・・・

  平成二十三年
妙法 清澄院日大信士位
  六月二日
俗名 田中大偉
  享年十六歳


今日は、朝から蒸し暑い日だった。

甲子園 習志野高校×静岡高校の試合を見るためam7:00に起きてスタンバイ!
寝坊して、足の小指をぶつけた子もいた(笑)

試合開始・・・


習志野高校2回表・・・スクイズが決まった。先制点。


やったー!


思わず大きな声を出した。


2階で洗濯を干していた家内が降りてきた。

「2階まで、大きな声が聞こえてるよ」・・・

1階の窓を見ると全開。

お隣さんまで、当然聞こえている・・・

その後の、家での展開はアウェイ状態でゲームが進む・・・。

結果6対1で勝利した。

その後は大偉と娘の携帯ワンセグに切り替わってしまった。

大偉も応援してくれたかな?


7月23日

大偉のお友達からメールが届いた。

何日か前に大偉とお坊さんが二人で話しているところだったという。


お坊さんが大偉に・・・


「今、何か思うことありますか?」って聞くと。


大偉は・・・


「みんなが笑っていればいい」


って言って、私達家族とその子の笑っている顔を空に映し夢から覚めたそうです。


犯人の事じゃなくて、みんなの事を考えてくれているのが嬉しくて、これからも犯人に対する気持ちは変わらないけど、憎しみの気持ちだけで生きて行く事を大偉は望んでいないと書いてあった。


大偉とお話ししたお坊さんは、お通夜・告別式とお経をあげていただいたお坊さんでした。

格好は合気道の格好をして微笑んでいたそうです。


そのメールをもっら時、泣けて泣けて・・・涙が止まらなかった。

こうして書いている今も。。。


6月2日からは・・・


大偉の姿もない。

声も聞こえない。

見ることも、話すこともできない。


こうして、「死」は突然やってくるのかな?

わかっていれば・・・とめられたのかな?


大偉。


悲しすぎるよ。


人生で、これ以上の悲しみはないなぁ。


なんで逝っちゃったんだよ。

なんで?


「みんなが笑っていればいい」

大偉らしい答えだね。

2011年8月7日日曜日

6日(土))晴  62・・・

  平成二十三年
妙法 清澄院日大信士位
  六月二日
俗名 田中大偉
  享年十六歳


今日は、朝からウグイスが鳴いていた。何かを伝えているかのように・・・

大偉の事で、朝から出かけた。
色々な事を話さなければならない。

am7:00 家内の兄からのプレゼントでリストバンドがポストに入っているとのメールが家内にあった。

私は、まだリビングで寝ていた・・・

am7:30に起き、ポストに取りに行った。

ピンクのリストバンドに、「62」と緑の数字が刺繍されていた。

ピンク・・・大偉の好きな色

「62」・・・6月2日

みどり・・特にはないかな?

兄が、私達家族のために作ってくれた。


兄からの電話に、娘が答えたのが、ピンクと「62」だった。


娘は、大偉の事をいつでも思い出せるように・・・、感じられるようにと思い、ピンクと「62」を伝えたのでしょう。


私は、「62」・・・? なんで?


家内に聞くまで気がつかなかった。

全く、鈍感にもほどがある男である。

綺麗なピンクと「62」の刺繍である。



お昼前に、大偉にお線香をあげに来てくれた友達。

あいにくの不在で、そのまま帰っていただく事になってしまい大変申し訳なかった。

ゴメンね。


明日は、甲子園2日目

習志野高校×静岡高校との初戦(第1試合)が行われる。

応援グッズをもらった。

今年は、習志野高校が出場するので特別な思いで応援をする。

大偉は、あまり野球は好きではない。

大偉!・・・ちょっとでいいから一緒に応援してね!

家では、野球を見ることがアウェー状態である・・・

2011年8月6日土曜日

5日(金)晴  心のこり・・・

  平成二十三年
妙法 清澄院日大信士位
  六月二日
俗名 田中大偉
  享年十六歳


2011年6月2日 夜 柏警察書。

交通課の方から、死体検案書はありますか?と待合室で待っている私達に聞いてきた。

死体検案書?

大偉を千葉大で解剖するため必要な書類とのこと。

いや、ありません。

じゃ、今から慈恵に行って取りに行ってください。警察の車に乗り家内と娘が取りに行った。

お父さん、これから息子さんの棺を用意していただけませんか?

えっ、今からですか?

どこか、葬儀を頼もうとしているところはありますか?

かなり、遅い時間。

葬儀を頼もうとしているところなんてありませんが・・・

家内に、今から棺を用意しなければならない事を言った。

明日の朝に、千葉大に搬送するためだ。

慈恵の霊安室で名刺をいただいた、葬儀屋さんに棺をお願いした。

次の日・・・2011年6月3日 夕方。

大偉が、千葉大から帰ってきた。

それに合わせ、葬儀の打合せをした。

お通夜は、6月5日(日)・・・。

死亡届けを野田市役所に提出しなければならなかった。

死体検案書の左側が死亡届となっている。


記入したのは、家内だった。


慈恵にいた時に書いた書類も家内だった。

今まで、結婚してから殆ど色々な書類を書くのは私なのに、死亡届を家内に書かせてしまった。

私は、右手剥離骨折で包帯をしていた。

何も、考えずに家内に記入を任せたのだ。。。

葬儀屋さんの言うとおりに家内が書いた。

田中 大偉 と・・・。

包帯を取って、ペンを持つ事もできた。普段の字ではないが書くこともできたのに・・・。

包帯を取らず、家内に書いてもらった。

和室に安置している大偉の棺。その隣のリビングで言われるがままに書いた。

私は横にいて家内が書いている、死亡届をただただ見ているだけだった。


家内も辛かったろうに。


自分が産んだ息子の死亡届を書くなんて、夢にも思わなかったろうに。

お腹の中にいる時から、だいい、だいいくん、だいくんと話しかけていた。

産まれる時の事。

幼稚園の頃の事。

小学校の頃の事。

中学校の頃の事。

高校の頃の事。

泣いたり、笑ったり、喧嘩したり。

色々な事を思っただろうに・・・

家内には、辛い思いをさせてしまった。本当に申し訳なかった。

何故、あの時包帯を取らなかったのか・・・色々な書類を提出する度に・・、ふと思うたびに。


心のこり・・・。


家内の優しい字で・・・


(よみかた) たなか だいい
氏   名  田 中 大 偉
生年月日   平成7年1月28日 
死亡したとき 平成23年6月2日 午後5時40分
死亡したところ千葉県柏市柏下163番地1号

と書いてある。


心のこりであり、辛い思いを家内にさせてしまったが、じっとみていると・・・
家内から産まれて、家内の優しい字で締めくくってよかったと思えてくる。