平成二十三年
妙法 清澄院日大信士位
六月二日
俗名 田中大偉
享年十六歳
22日の掲示板にN-nhaへ「おめでとう」の言葉が寄せられていた。
・・・19:40携帯のマナーモードがなった。
N-nhaへの「合格おめでとう」の言葉だった。
あの時以来、「おめでとう」って言葉を送った事がありませんでした。
(決して表現できる言葉ではありませんでしたので・・・)
でも、今回だけは言わせていただきます。
という内容だった。
確かに・・・
大偉の出来事があまりにも大きかったから・・・
だいいの事も家の事。
N-nhaの事も家の事。
N-nhaへの「おめでとう」の言葉
嬉しかったです。
ありがとうございます。
21の夕方には、N-nhaからのメール
「今日、スーパーマリオブラザーズ3D」買ってこれる?
綾瀬はるかがCMでやってるやつだ・・・
有楽町Bicカメラに寄って買って帰った。
N-nha・・・「お誕生日、高校合格おめでとう!」と言いながら手渡した。
高校合格より、スーパーマリオブラザーズ3Dを買ってきてもっらほうが嬉しいみたい。
まぁ、いっかぁ。
田中大偉(享年16歳) 2日夕方、千葉県・柏市でバイクに乗っていた16歳の男子専門学校生が路上で転倒したところを車にはねられて死亡しました。車はそのまま逃走していて、警察は死亡ひき逃げ事件として捜査しています。 午後4時15分ごろ、柏市・若柴の国道で「バイクの男性が転倒し、トラックにはねられた」と110番通報がありました。警察が駆けつけると野田市の専門学校生・田中大偉さん(16)が心肺停止の状態で路上に倒れていて、病院で死亡が確認されました。 警察によりますと、通報した男性は「バイクが走行中に転倒したところを後続の白か銀色のトラックがはねたようだ」と話しているということですが、転倒後に別の乗用車が数台、田中さんのすぐそばを通ったという目撃情報もあるということです。 田中さんをはねた車は現場を立ち去っていて、警察は死亡ひき逃げ事件として車の行方を追っています。(02日21:35) http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/110609/crm11060900280003-n1.htm
2012年2月24日金曜日
2012年2月23日木曜日
23日(木)雨のち晴れ・・・もうちょっとかな
平成二十三年
妙法 清澄院日大信士位
六月二日
俗名 田中大偉
享年十六歳
9:30am・・・・松戸区検にいた。
遺族から請求できる、最後に綴じられている確定記録資料のコピーをするため・・・。
朝から雨。
途中からは、雨足が強くなってきた。
コピーが終わり、確定記録の写真をデジカメに撮った。
相手方のトラックの検証写真。
車体回り全体や、下回りまで・・・もの凄い検証を証拠として写真におさめている。
大偉の当時着ていた写真を指している。
どんな気持ちで、見ていたのでしょうか?
迷惑極まりない・・・なんで俺が?
ふざけんじゃねぇ~よ
とでも思っていたのでしょうか?
前回来たのが、2月2日・・・大偉の8回目の月命日の日。
写真をデジカメの撮りながら・・・撮ってる私を見ている、もう一人の私。
何をしているんだろう?
だいいの写真を撮りながら・・・馬鹿みたい。
こんな事をしてどうなるんだよ・・・
誰にも見せられない写真。
誰にも見せる事のできない写真。
家内にも・・・。
こんな事・・・もし私がいなかったら家内がするのかと思うと
絶対にさせるわけにはいかないなぁ~とあらためて思うよ。
大偉のお友達を思いながら・・・こんな事には絶対にならないでほしいと願う。
6月3日・・・千葉大から帰ってはきたが、目の前にある写真を見ながら
こんな事までしないとわからないんだというよりも、ここまでするのかと思うほうが
あたってるんだよ。
ありとあらゆるところ、ことまで調べるんだよ。
絶対になっちゃダメだよ。
こんな思いをさせたくないと、心から思う。
今日だけで313枚の写真。
バッテリーが切れて終わっていないまま帰る事になった。
まだまだ写真をおさめるために出向かなきゃ・・・。
帰り道はR6からR16経由で帰った。
どなたか、来てくれたんですね。
缶コーヒーが手向けてあった。
ありがとう。
だいいっ。
まだまだ決着するには時間はかかるけど、お父っが納得いくまでするからね。
もしかしたら、悲しませる事になるかも知れないけど・・・
H-rkaさん。
いつもお手紙ありがとうございます。
2012年2月22日水曜日
22日(水)晴れ・・・どうしてこの学校?
平成二十三年
妙法 清澄院日大信士位
六月二日
俗名 田中大偉
享年十六歳
最後に・・・
お父さんに聞きますね
・・・うっ、やばっ。
「なぜこの学校を選んだのですか?」・・・他にも行ける学校があると思うし、
部活も今までしてきて、この学校にはないですが・・・
確かに、部活の事は考えた。
私も高校まで野球を続けていたから・・・
その事は、少しだけ話したかな・・・。
違う高校も探した。
見学にも一緒に行った。
・・・でも、CTSが大偉には合っているかな?
どうかな?
色々と悩んだ結果だった。
面接では、小さい頃から「車」が好きだった子供の頃の思い出話を含め話をした。
また、学費についても聞かれたが、決して安くはない金額だが高校・大学と
進み一級整備士、車体整備士になるために技術を私達は買うので高くはないと
話した記憶がある。
後、何を話したかな?
大偉の面接以上に、私が話した記憶がある。
校長先生は、ニコニコしながら話しを聞いていた。
先生からは、いろいろな子がくるから、大偉は、自分が楽しんで勉強をしてほしいと
言われて「はい」と返事をしていた。
不安と希望とを抱きながら入学し、たった1年と2ヶ月も満たないうちに
将来の夢を持って出かけちゃった。
きっと、旅先で夢の続きをしている事でしょう。
N-nhaも将来の夢を叶えるため、自分で探し見学にも家内を連れて何回も
出かけた。
N-nhaは、ここで夢を叶えて・・・
2012年2月21日火曜日
21日(火)晴れ・・・おめでとう!
平成二十三年
妙法 清澄院日大信士位
六月二日
俗名 田中大偉
享年十六歳
11:49am
携帯メールのマナーモードがなった。
N-nhaから。
公立 受かったよ!
ただ、これだけのメール。
胸が高鳴った・・・よかったぁ~。
受験生なのに、ちっとも受験生らしくない。
ほんとにひやひやもんだよ。
この度胸・・・誰に似たのか?
きっと、私ではない。
それにしても良かった。
将来の夢へ・・・スタートラインにたった。
決して、テキパキするタイプではないので・・・ゆっくりでもいいから歩んでいってほしい。
大偉は、2月頃だっけ?
一緒に面接に行ったよね。
終わった後・・・緊張したぁ~なんて言っていたけど、
お父っから見て、そんな事まったく感じられなかったよ。
大偉っ、みるちゃん。
N-nhaの事、応援してね。
2012年2月20日月曜日
20日(月)晴れ・・・畜生
平成二十三年
妙法 清澄院日大信士位
六月二日
俗名 田中大偉
享年十六歳
帰りの電車・・・
大偉の顔を思い出していた。
大偉の声を思い出していた。
それでも、最後に浮かんでくるのは・・・・
搬送先で、寝ている大偉の顔。
柏警察署の安置所で寝ている大偉の顔。
夜遅くに駆け付けて、泣きじゃくる親父の顔。
ほんとうに、畜生っと大声を出したいくらい辛く、切ない。
自転車置場・・・
今、まだたくさんのやらなければならない事を残して、家内やN-nhaを
置いていくわけにはいかないなぁ~。
民事の事も・・・
お墓の事も・・・
まだまだ、何も終わっちゃいない。
何も決着できていない。
N-nhaの成長も見ていたいし、花嫁姿も見たいし・・・孫も。
夜のニュースでは、山口母子殺害事件の判決が下された。
極刑・・・
13年間と長く、辛い日々だったと思う・・・私には想像できないくらい。
それでも、遺族は乗り越えていかなければならいという言葉が印象的だった。
死刑囚とともに13年間を歩んできた。
言葉には言い表せない苦悩の日々だったでしょう。
日々の生活では・・・
過去の楽しい思い出
現在の苦悩
未来は、ともに歩む家族がいない苦しみ・・・。
たった今、そこにいた家族を旅立たせてしまった悲しみは量りしれない。
残された遺族も・・・「なぜ、あの時?」と悔やむばかり。
なんの前触れもなく、突然に幕が下りる。
なんの予告もなく・・・
それでも遺族は、残された家族、旅ださせてしまった家族、加害者を思い、
生き続けなければならない。
「そんな事を言うなよ・・・」
http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/event/trial/546564/
そうだよね・・・
早く忘れたいと思うのはわかるよ・・・・当事者じゃないんだから。
でもね、遺族は、もっと辛いんだよ・・・・
妙法 清澄院日大信士位
六月二日
俗名 田中大偉
享年十六歳
帰りの電車・・・
大偉の顔を思い出していた。
大偉の声を思い出していた。
それでも、最後に浮かんでくるのは・・・・
搬送先で、寝ている大偉の顔。
柏警察署の安置所で寝ている大偉の顔。
夜遅くに駆け付けて、泣きじゃくる親父の顔。
ほんとうに、畜生っと大声を出したいくらい辛く、切ない。
自転車置場・・・
今、まだたくさんのやらなければならない事を残して、家内やN-nhaを
置いていくわけにはいかないなぁ~。
民事の事も・・・
お墓の事も・・・
まだまだ、何も終わっちゃいない。
何も決着できていない。
N-nhaの成長も見ていたいし、花嫁姿も見たいし・・・孫も。
夜のニュースでは、山口母子殺害事件の判決が下された。
極刑・・・
13年間と長く、辛い日々だったと思う・・・私には想像できないくらい。
それでも、遺族は乗り越えていかなければならいという言葉が印象的だった。
死刑囚とともに13年間を歩んできた。
言葉には言い表せない苦悩の日々だったでしょう。
日々の生活では・・・
過去の楽しい思い出
現在の苦悩
未来は、ともに歩む家族がいない苦しみ・・・。
たった今、そこにいた家族を旅立たせてしまった悲しみは量りしれない。
残された遺族も・・・「なぜ、あの時?」と悔やむばかり。
なんの前触れもなく、突然に幕が下りる。
なんの予告もなく・・・
それでも遺族は、残された家族、旅ださせてしまった家族、加害者を思い、
生き続けなければならない。
「そんな事を言うなよ・・・」
http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/event/trial/546564/
そうだよね・・・
早く忘れたいと思うのはわかるよ・・・・当事者じゃないんだから。
でもね、遺族は、もっと辛いんだよ・・・・
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