2012年5月10日木曜日

10日(木)曇りのち雨・・・思い出す

平成二十三年
妙法 清澄院日大信士位
六月二日
俗名 田中大偉
享年十六歳


昨日の雨のおかけで、自転車を駅においてきたため、今朝は

歩いて駅まで向かった。


南部中の前を通りながら、大偉もちょっと前まではここを

通って通っていたんだなぁ~。

今では、大偉を知っている在校生は少ないだろう。


大偉もこんな感じだったのかな?と思いながら子供達を

見ながら歩いていた。



自転車の時は、子供達も多いし車も通るので、街道から

駅に向かうが、帰りは、南部中の前を通って帰る。


通る度に大偉を思い出すよ。


駅に着けば、同じ年頃の高校生に会うし、早く帰れた時の

柏駅は、高校生でごったかえし。


大偉と同じ年頃かな?なんて見ながら・・・

大偉もたまには、こうしてみんなと一緒にいたんだと・・・




H-rkaさん。
お手紙ありがとうございます。

笑った顔は、私も好きです。
笑いすぎると、ハスキーになるんだよね!

2012年5月9日水曜日

9日(水)晴れ・・・家に帰ると


平成二十三年
妙法 清澄院日大信士位
六月二日
俗名 田中大偉
享年十六歳


普段の仕事の中では、大偉が旅立ったなんてまるっきりなく

仕事をしているんだけど・・・

家に帰れば、どこにいても写真が見える位置だし・・・

見てしまう。



この現実?は、これから先も受け入れられない事でしょう。

受け入れたからどうのこうのではなく、


旅立った気が全くしないのです。


バイクに乗ってどこかに遊びにいってるか?

あぁ~、バイトか!とか

家を出て、一人暮らしでもしているかのようです。


大偉っ!

近いうちにお友達が会いに来てくれるみたいだよ。


2012年5月8日火曜日

8日(火)晴れ・・・代わってあげたいよ

平成二十三年
妙法 清澄院日大信士位
六月二日
俗名 田中大偉
享年十六歳


昨夜は、早く帰ってきて少しだけ早く寝たというのに、なかなか

寝付かれなかった。


大偉の事や、みるちゃんの事・・・

家族の事や、両親の事。


大偉に関わった人の事など色々と頭に浮かんできた。



最後は・・・

慈恵医大に入ってくる家内の両親とN-nhaの顔

柏警察の安置所に入ってくる、親父とお袋、妹の顔


声を押し殺しながら、泣いていた親父。

できることなら・・・代わってあげたいよと大偉を見ていたお袋。


孫が・・・

甥が・・・

子供が・・・

お兄ちゃんが・・・



それぞれが、その時一番辛かった。





2012年5月7日月曜日

7日(月)晴れ・・・忘れてた!


平成二十三年
妙法 清澄院日大信士位
六月二日
俗名 田中大偉
享年十六歳


5月7日・・・忘れてた!


夕方に外出し・・・といっても3:00pmに外出して客先でちょっとだけ

仕事をして、なんと柏に5:30pmにいた。


ケーキを買って帰ろうかな?と思ってはいたが、真っ直ぐ家に帰って



・・・しまった。



ただいま~!


「今日は、5月7日だけど・・・特に何もないけどいい?」



「うむっ?」


「うっ、うん・・・」




あちゃ~・・・



結婚記念日だった。


ケーキ買ってくる?

もういいよ。


あ~ぁなんてこった。


今度・・・何とかしよっと。


18年にもなるんだ。


18年かぁ~。


色々あった。


この1年は色々ありすぎた。


家内と結婚しなければ、大偉もN-nhaも・・・みるちゃんにも

会えなかったんだなと思うと、世の中、人生・・・不思議だよ。


どこかで、運命を変えられたと思うけど・・・

凡人の私には、気づく事ができなかった。



何もかもが必然だなんて・・・


2012年5月6日日曜日

6日(日)曇りのち雷雨・・・埋葬許可

平成二十三年
妙法 清澄院日大信士位
六月二日
俗名 田中大偉
享年十六歳


仏壇回りを掃除した。


一周忌の準備もそろそろしなきゃと思い、準備するものの確認をしていた。

その中に・・・埋葬許可書がある。


斎場の方からも、霊園の方からも骨壺の箱の中に入っていますからと

知らされていた。



骨壺が入っている箱の白い風呂敷をほどき、中から埋葬許可書を取り出した。

斎場の方が結んでくれた紐をほどきはじめて開けた。



埋葬許可書・・・


大偉の名前・・・

事故現場の住所・・・時刻などなど。

私の名前・・・大偉との続柄が書かれてあった。






なんの言葉も・・・


一粒の涙も・・・




出なかった。




ここに書かれている息子の名前・・・




ただただ、それを見ているだけだった。