2012年6月5日火曜日

5日(火)晴れ・・・寝顔

平成二十三年
妙法 清澄院日大信士位
六月二日
俗名 田中大偉
享年十六歳


今日も晴れ・・・暑い。

去年も2日以外は、晴れて暑かった。

なんで、2日だけなんだよ・・・。


前日には、事故で傷ついた顔にお化粧・・・ほんとうに寝ているみたいなんだよ。


今日が自宅出棺の日・・・

出棺前に、一人で大偉を訪ねてきた。

今日のお通夜には参列できないので、最後に会いに来てくれた。

自宅での最後の訪問者が、T-mkaさんだった。


祖父が車で送った際に、預かったその手紙をあゆのLove SongのCDと一緒に左の頬にそっとおいた。
その後も、T-mkaさんは昨年の夏過ぎだったかな?大偉に会いに来てくれて色々なお話しをしたのは・・・今年も体育祭では応援団ですね! がんばって!


今日は、仕事で徹夜・・・

昨年は、斎場で徹夜・・・

何度も何度も、控室と祭壇を行ったり来たりしてたな。

去年は、大偉の涙雨・・・

今年は、すっかり枯れてしまった。


子供達だけで300人以上・・・みんな変わり果てた姿の大偉を見て何を感じたのだろうか?

どんな言葉をかけたのだろうか?

まさか身近の友達が亡くなるなんて思いもしないよね。


大偉を可愛がってくれた先輩は、同じ年に大偉を入れて二人亡くしている。

その後・・・T-hna君が家に大偉の写真を取りに来た時は、夢に大偉が夢に出てきましたと言ってた。

私は、まだみるちゃんにも、大偉にも逢えていない。


まだまだ、まったく大偉が旅立ったなんて信じられないし、普通に生活をしている感じがしてならないんだよね。
家に帰っても毎日いる感じがして・・・

家内は違うんだろうか・・・?

N-nhaは違うんだろうか・・・?

家内は私達みたいに外に出ていないから・・・違うと思う。

本当は、N-nhaだって、家内だって、私以上に辛く、寂しい思いをしているんじゃないかな?

私は、会社に行けば仕事をこなしていかなければならないので、多少は気が紛れるが、家内は生まれた時から、ずっと一緒だからな。

ぽっかりと穴が開いた感じじゃないかな。

どんな思いであれ、辛い気持ちには変わりはないんだよね。

一年の中で、一番辛い季節・・・

一年の中で、一番辛い日・・・

一年の中で、一番辛い時間・・・



田中大偉・・・16歳


早すぎだぞ!

親を置いて旅立つなんて。

普通は、子供を置いて親が旅立つんだ・・・


人生には、色々な節目があるんだけど、次の節目は成人だね・・・

その後、また集まって飲みたいよ。
みんな付き合ってくれるかな?

2012年6月4日月曜日

4日(月)晴れ・・・あゆ=だいい

平成二十三年
妙法 清澄院日大信士位
六月二日
俗名 田中大偉
享年十六歳


今日も朝からいい天気。梅雨を感じさせない・・・。

昨夜、大偉が使っていたiPodの曲を書き換えた。

友達から色々な曲をiTunes経由で入れていたので、家のPCには情報がまったくゼロだった。

iPodの中を消していい?
daiiのiPodという設定情報は残るんだけど・・・

消さないと使えないし・・・

でも、大偉が聞いていた曲としてこれはそのままとって置くか・・・家内も迷った。

もしかしたら、iPodから単純にダウンロードできたのかな?

iTunesで管理しているから、たぶん無理だとは思うんだけど・・・


結局、iTunesへ繋げて消した。


CDをいくつか持ってきてiPodへ登録した。
もちろん、あゆのLove songも・・・

自分で買ったあゆのCDからコピーしてあげて、自分でケースに書いていた・・・大偉らしい字で。


梅郷から野田線に乗り込んだ。

iPodを取り出し・・・あゆのLove Songを聞いた。


2011年6月2日の次の日・・・3日から旅立つまでの間、ずっと流していたアルバム。

やはりこの歌を聴くといつもの思い出すとはまるで違った思いだす感覚となる。

出だしのLove Songの曲・・・


「あゆ=だいい=旅立ちの曲」



いっつも車の中で聴いては、同じだからかえようよと言っていたアルバムが一生忘れる事のない曲になってしまうなんてね。

旅先でも、いっぱい聴いているのだろうか?

今、またその曲を聴きながら電車に乗っていると、運河あたりでもう耐えきれなくなってきた。
でも、大偉の曲として・・・この曲を聴きながら思い出し、自分を戒めようと思う。


6月4日は、家族揃っていれた最後の日。

和室に行き大偉の顔を見るたび、ほんとなの?という感覚。

リビングと和室の境界線があるかのように違った。


4:00PM・・・外出先へ着く。

この時間は、葬儀屋さんと最終打合せをしていたと思う。
明日の段取りなどなど・・・。



お風呂からあがり、洗面所で歯を磨いているとリビングからN-nhaの笑い声。


「・・・これで、いいんだ。」


2012年6月3日日曜日

3日(日)晴れ・・・手紙

平成二十三年
妙法 清澄院日大信士位
六月二日
俗名 田中大偉
享年十六歳


今日も良い天気だね。

大偉っ、昨日は良かったね。みるちゃんは・・・「う~ぅ~」ってしていなかった?と家内にいうと、みるるは、外にでると小っちゃくなって抱っこされているから、大丈夫だよ。

きっと大偉に抱っこされているよ。

お墓に出かける前に昨日不在で受け取る事ができなかった届け物を受け取り、お墓から帰ってきてから手向けさせていただきました。


その包みの中には・・・手紙が四通入っていました。

私達への手紙と

R-maから、「大偉へ」と書いた手紙。

W-knaちゃんからは、「大偉くんへ」と書いた手紙。


二人とも、はじめて会った時はあんなに小さかったのに、立派になってとても綺麗な字でした。

R-maの手紙を読んだ時は泣けたよ。

涙が止まらなかった。

昨日のI-kwaさんとH-shiとの食事でもそうだったけど、R-ma、S-go、大偉と稽古の後、よく遊んでいたもんね。

まだ、会ってから十年たっていないんだよね。

末文には・・・そしてまた会おうね。と締めくくった。

そうだね。

みんなで、昔話しをしながら飲みたいな!
新橋で飲んだ時にそういう話しになっているから、よろしくね!


W-knaちゃんは、小さかったからね。記憶がないのも無理ないね。だけど、ちゃんとお母さんからお話しを聞いているんですね!
大偉は、天国でも元気にしているから心配ないよ!




今日は、千葉大から大偉が頑張って帰ってきた日です。

今、私が寝ている場所で、同じ向きで寝ていました。

今にも起きてきそうな寝顔で・・・

頬に擦り傷、ギュッと唇を噛んだのでしょうか、少し切れて前歯もかけている。

すらっとした綺麗な指。

お父っにできる事は、毎日手を合わせみるちゃんと大偉の事を思う事しかできないよ。



人の一生ってなんだろう?

現世を早く旅立つのも一生。

長く現世を生きるのも一生。


優しい笑顔。
周りの人を幸せにしてくれた、優しいお子さんという言葉に救われた・・・

私達を支えて下さる方に囲まれている、本当に幸せです。


昨日、お墓の前で・・・合気道をみんなやっていなければこうして繋がる事はなったんだねと言われた。本当にそうだなとあらためて感じた。



お墓の事・・・

私に直接聞いてくださった方にしかお伝えしておりません。

まだ、裁判など色々とやらなくてはならない事が終わっていないので、私の知らないところで来て下さるのを遠慮してもらっています。
昨日、大偉に会いに来てくださった子供達も、きちんと説明し、理解して下さり約束してをしてくださいました。
「約束が守れない方は、遠慮してもらいたい」と・・・、

実際はもっと冷たい言い方でしたが・・・

「来てくれなくて結構です」と。

でも、大偉もお友達も会いたい思いが昨日、天気を晴れに変えたのでしょう。

昨日来て下さったお友達は、記帳されて、しっかりと約束を守れる子達なので、大偉に会いたくなったら気兼ねなく、遠慮する事無く遊びに・・・会いに来てやってくださいね。
その時は、また記帳をお願いします。

それから、香炉の後ろにある石の窪みは、お水を入れるところなので、来てくださった時は大偉にいっぱい飲ませてやってください。

昨日は本当にありがとう。

この場をかりて心から、お礼申し上げます。


2012年6月2日土曜日

2日(土)晴れ・・・1年前

平成二十三年
妙法 清澄院日大信士位
六月二日
俗名 田中大偉
享年十六歳


数日前の週間天気予報では、6月2日だけが雨または曇りのち雨の予報だった。

去年と同じか・・・


ところが・・・日付が近づくにつれて雨ではなく曇りに変わっていった。

昨日も、もしかしたら雨かなぁ~と思い今朝、H-shiにメールした後にリビングの雨戸を開けると・・・あれっ、晴れ?てる。

最後は雨から晴れに変わった。


晴れたね。

うん。大偉がそうしたんじゃん。


家内とお墓に向かった。


朝から気持ちがふあふあしている。

地に足がついていない感じで、動悸がする。

胸元がなんだか変。

家内も同じような事をいった。

N-nhaを車で駅まで送りに行く時から変な感じがしていた。


朝から、どたばたしていたので、昨日に電話またはメールをしてくれたお友達にはすぐに連絡ができず、連絡ができたが11:00AM過ぎになってしまった。申し訳なかった。


お墓に着くと、可愛らしいお花が手向けられてあった。

じいじとあーちゃんが来たのかね?と思っていたら、管理人さんから「大偉さんのお墓はどこですか?」と聞かれご案内しました。

記帳をみると中学時代ともに汗を流したY-ki君だった。

お母さんと来てくださってね、お子さんは、お墓の前で泣いていましたよと伝えてくれた。


自宅出棺前日の夜に、お母さんに連れられ・・・

七七日忌後もお母さんに連れられ・・・

言葉を発せられないくらい泣いていた。

バイクで遊びにも出かけていたよね。


時計を見るたびに、あの16:12分に近づく。

あと、何時間・・・あと、何時間と。


稽古には、遅れて行った。

少年部は終わり、一般部の途中から参加。

前日に、大偉の写真を持っていくか悩んでいたが、持って来い!と言われ帯と一緒に持っていった。

正面に大偉の写真と帯を飾ってもらった。


掛稽古に入る前・・・

I-kwaさんの号令で、1分間の黙祷を捧げた。

瞼を閉じながら、舌をキュッと噛んだが涙が流れてきた。

みなさん、ほんとうにありがとうございました。

K-skariさん・・・お線香をいただきありがとうございました。
大偉とM-skazu、T-tsuruとの思い出もたくさんあるしね。

W-knaさんの泣き顔を真っ直ぐ見れなかった。





お昼を食べI-kwaさんとH-shiの三人でお墓に向かった。

三人でお線香を手向け別れた。

今日は、大偉にお友達がたくさん来てくれるので、遺影に使用した元の写真を墓石に置いた。

大偉またくるよ・・・

I-kwaさんから、大偉とN-nhaにと洋菓子を手渡された。



一旦、家に帰るとI-ueさんからお届けの不在通知が入っていた。
その後も外出していたので手元にはありませんが、お心遣いありがとうございます。


16:00に現場で待ち合せの約束があり、R16号を走りながら、もうその時間まではいくらもなかった。

現場には約束より1分遅れて着いたが、すでにI-kwaさん、H-shiと前からメールで励ましのお言葉をいただいていた、学校のお友達のお母さんのM-skaさんとK-nta君がいた。

簡単に挨拶を済ませ、現場にお花とお線香を手向けた。

携帯をみると16:09・・・まさに大偉が今千葉方面から走ってきているんだなと思いながら16:10を迎えた時に、大偉はここでこういう状態で倒れていたんです。

バイクは、あの辺りから滑走してここまで流れてきて、ヘルメットは・・・と少しだけ話した。

報道では16:10と流れていたが、手前のビデオに映っている時間と実際の時間差、後はスピードを計算すると、16:12に事故発生と記録されているが、この2分を勘違いして、16:10に説明してしまった。
説明しながらなんかちょっと違うな?と感じでいたんだけど・・・




現場でI-kawaさんと、H-shiと別れ、M-skaさん親子とお墓に向かった。

お墓に着くと、管理人さんからたくさん来ましたよと・・・昨日から連絡をくれた子たち、今日連絡をくれた子達のたくさんの名前が記帳されていた。

お墓の前には既にたくさんのお花が手向けられてあった。
みんなありがとうね。


お花と、お線香を手向けた後、休憩場所で色々とお話しをした。

笑った時の笑顔がとてもよく、とても感じの良い子だった。
ものすごく、照れ屋で、恥ずかしがり・・・。


みんなへ!
大偉の事を思い出してくださり、遠いところわざわざ会いに来ていただきまして本当にありがとうございました。
大偉も久しぶりにみなさんに会えて嬉しかったんじゃないかな。

大偉もみんなに会いたくて、会いたくて、一生懸命力を振り絞って雨から晴れにしてくれたんだと思います。
これからも、気兼ねなく会いに来てやって、話しかけてくだされば喜ぶと思います。
その時は、気をつけてきてくださいね。

みなさんとは、約束したので大丈夫ですから・・・くれぐれもよろしくお願いします。


今、日付が変わり、6月3日 1:22AMです。

夕方にM-skaさんと別れてからは、時計を見るたびに、1年前の今の時間は、ここにいたなとか、ここで警察の方と話したとか、思い出していた。

この時間は、もう少しで柏警察を出る時間。

その後、MaxValueでお花を買ってお花を手向けにむかった。

その日は、また6:00AMに柏警察にむかって・・・


この6月2日から3日、4日、5日、6日・・・と長く辛い日々が始まる1年前だった。

それでも、今日はたくさんの方がたが集まって下さり、感謝してもしきれません。

また、大偉にとたくさんいただきましてありがとうございます。

本当にありがとうございました。
これからもよろしくお願いします。


長い辛い年月の1年が終わった1日だった。

後、何年続くのだろうか・・・。
でも、こうして大偉の事を思い出してくださって、私達の心を支えてくださり有難い限りです。

これも大偉の人柄なんでしょうね。

あの子は、私達にとても大切な、宝物を残していった。


 

2012年6月1日金曜日

1日(金)晴れのち雨・曇り・・・前日

平成二十三年
妙法 清澄院日大信士位
六月二日
俗名 田中大偉
享年十六歳


結局、今日も最終退館者となって、日付が変わってしまった。

昨年は、やっぱり仕事が忙しく遅く帰ってきてはいたが、

その日は、私が先に帰ってきていて、リビングで横になって休んでいるところに、バイトから「ただいまぁ~」と帰ってきて、横になりながら「お帰り~」と言った。

4月9日にみるちゃんが旅立ってからは、みんなでリビングに寝ていたから、ちょうど玄関を開けた大偉を横になりながら見ていた。


結局これが、最後に交わした言葉だった。

はじめて交わした言葉は、なんだろうな・・・?

思い出せないけど、今度、家内に聞いてみよう。


つい最近、みのもんたの奥様が亡くなり、記者の前でのコメントに「最後の息を吐くところまで聞けた」的なコメントをされていた。


私達には、それすらなかった。


病院で寝ている大偉に取り付けられた器具は、もはや用がない状態。

よくTVでみる心拍数の器具。

詳しくは、わからないが、かすかに動いていたので「先生、お願いだから・・・」

「まだ、生きてるじゃん・・・」、「手だって温かいし」と言っても、ただただ動いているだけで、何もできない状況。

何回も書いているが、当日は布団にくるまっている大偉の姿しかない。

悔やんでも悔やみきれない。

だから、家を出るときくらいは、ちゃんと顔を合わせ出かけなきゃならないんだよね。

事ある時って、大体そういう時だよ。

ついさっきまで一緒にいた子が、突然旅立つ事になるなんて考えられないよ。



今日は多くの方から、メールや電話、家にまで来てくれた。

みんな、お墓の事だった。

大偉の事を覚えてくださったのですね。

ものすごく忙しくて、なかなか対応できなくてごめんなさいね。


人それぞれ、大偉との思いでがあると思います。

良く思っている人も、そうでないひとも・・・

それでも、直接私にメールや電話をくださってありがとうございました。


では、また明日。


大偉っ!
明日も稽古だからね。

お父っは、ちょっと用事があるので遅れて行くから待っててね。


H-rkaさん。
アドレスは変わっていませんよね?PCからのメールは大丈夫ですか?