田中大偉(享年16歳) 2日夕方、千葉県・柏市でバイクに乗っていた16歳の男子専門学校生が路上で転倒したところを車にはねられて死亡しました。車はそのまま逃走していて、警察は死亡ひき逃げ事件として捜査しています。 午後4時15分ごろ、柏市・若柴の国道で「バイクの男性が転倒し、トラックにはねられた」と110番通報がありました。警察が駆けつけると野田市の専門学校生・田中大偉さん(16)が心肺停止の状態で路上に倒れていて、病院で死亡が確認されました。 警察によりますと、通報した男性は「バイクが走行中に転倒したところを後続の白か銀色のトラックがはねたようだ」と話しているということですが、転倒後に別の乗用車が数台、田中さんのすぐそばを通ったという目撃情報もあるということです。 田中さんをはねた車は現場を立ち去っていて、警察は死亡ひき逃げ事件として車の行方を追っています。(02日21:35) http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/110609/crm11060900280003-n1.htm
2012年6月12日火曜日
12日(火)曇りのち雨・・・フォトフレームは
平成二十三年
妙法 清澄院日大信士位
六月二日
俗名 田中大偉
享年十六歳
今日は、熊谷まで午後から外出した・・・って外出の距離じゃないよね!
上野から、快速?で熊谷まで約1時間。
途中、聞きなれたアナウンス・・・と駅名。
I-ue先生はこの駅を利用しているのかな?なんて思いながら到着。
T関連の会社で打合せを行った。
挨拶と今後の取引の話しをするくらいだったのに、受注したユーザ先で帳表のトラブルが発生した。営業は標準を了解して販売したのに、今になってユーザから、コーポレートカラーにしてくれないかと・・・
話しを聞きながら、そりゃそうだよなと思いながら・・・
客先の意向を無視する訳にもいかず、また営業の困った顔を目の前で見ていながら無視はできないので、印刷会社の手配等々をして、翌日打合せをする事にして対応する事になった。
まったく、どひゃっ~って感じなんだけど、こればっかりは仕方ないよ。
こうなるつもりで販売しているわけじゃないからね・・・
で、打合せが終わり湘南新宿ライナーで大宮経由で帰った。
直帰だったので、家には早く着いた。
いつも通り、みるちゃんと大偉に挨拶をしながら、横にあるフォトフレームを見ると、ほんとうに「にこっと」笑っている大偉や、N-nha・・・。
みるちゃんと遊んでいる姿がかわるがわるスライドショーで映る。
今でも、旅立った事なんて思っていないというかそんな感じがしないんだよね。
これは、前からそうだったんだけど、さらにここ最近は強くそう感じる。
また、遊びたいなぁ~。
2012年6月11日月曜日
11日(月)曇り・・・また明日!
平成二十三年
妙法 清澄院日大信士位
六月二日
俗名 田中大偉
享年十六歳
いつも通り、みるちゃんと大偉に挨拶をして出かけた。
土曜日の野球での筋肉痛で体はいつも通りとはいかないが、なんとか作業をすすめた。
終わってみれば、週のはじめから10:30PMまで残って仕事。
きっつぅ~・・・
明日は、熊谷まで行かなければならないので今日中に終わらせなければならなかった。
やっと終わり、電車でとことこ・・・
常磐線では、発車前から寝ちゃって寝ぼけながら野田線へ乗り継ぎようやく家に帰ってきた。
お腹は減っていたんだけど、寝るのが先と、みるちゃんと大偉に挨拶をした後、寝っちゃった。
ごめん・・・
今日は、これでおしまいね。
また明日ね!
妙法 清澄院日大信士位
六月二日
俗名 田中大偉
享年十六歳
いつも通り、みるちゃんと大偉に挨拶をして出かけた。
土曜日の野球での筋肉痛で体はいつも通りとはいかないが、なんとか作業をすすめた。
終わってみれば、週のはじめから10:30PMまで残って仕事。
きっつぅ~・・・
明日は、熊谷まで行かなければならないので今日中に終わらせなければならなかった。
やっと終わり、電車でとことこ・・・
常磐線では、発車前から寝ちゃって寝ぼけながら野田線へ乗り継ぎようやく家に帰ってきた。
お腹は減っていたんだけど、寝るのが先と、みるちゃんと大偉に挨拶をした後、寝っちゃった。
ごめん・・・
今日は、これでおしまいね。
また明日ね!
2012年6月10日日曜日
8日(金)~10(日)・・・忘れ物
平成二十三年
妙法 清澄院日大信士位
六月二日
俗名 田中大偉
享年十六歳
6月8日(金)晴れ・・・
今日は、Tグループが休み。
銀行に寄った帰りに、お墓は向かった。
みなさんから、手向けていただいたお花は元気にしている。
お花立て、したのバケツのお水を交換した。
大偉っ!
明日は湯沢でTグループの野球大会だよ!
一昨年の都市対抗野球をみながら、来年は湯沢の野球大会にくる?と聞いたら・・・行くって行ってたよね。
楽しみにしていたのに・・・
結局昨年は・・・
会社に久しぶりに出た時、準優勝だったけど銀メダルをいただいて、今でも机の上に飾っている。
今年はその忘れ物を取りに、大偉と一緒に行く事にした。

朝が早いので・・・前の晩から、元上司の家に泊まりにいった。
明日から、あいにくの雨・・・大丈夫かな?
6月9日(土)雨・・・
天気予報通りの雨。
赤城高原あたりから、雨が激しくなってきた。
こりゃ、湯沢についてもダメだな。
谷川岳PAで食事。
ただ行くだけかもよ・・・
関越トンネルをでると・・・雨があがっている。
さすが、谷川連峰。
トンネルを抜ける前と後では、天気が全く違う・・・
できるかな?と思いながらしばらくはしると、高速から見える野球場でしっかりと試合をやってのが見える。
我々は第二試合。
降ったり、やんだりの小雨の中初戦は9対0で完封勝利。
次の第四試合・・・
7対1でリードしていたが、最終回に同点に追いつかれる。
結局相手が、次の日の試合を放棄したため勝ったけど、負け試合だった。
旅館では、食事前にみんなで飲んで、食事後も飲んで、また部屋で飲んで・・・
どんだけ飲むんだよって感じ。
今年は男ばっかりだから・・・学生の修学旅行みたい。
温泉もあるし、楽しい一夜だった。
大偉もお酒が飲めれば楽しいよね。
6月10(日)雨のち曇り・・・
昨夜からの雨でグラウンドコンディションが悪く、決勝戦は中止。
両社、東京のチームなので日を改めて行う事になった。
これまた、関越トンネルを抜けると晴れ。
谷川連峰ってほんとすごいんだな。
昼食をとって、夕方には帰ってきたけど、体中がものすごく痛い。
明日から大変だよ。
大偉っ!
決勝戦も一緒にいくよ。
去年の忘れ物を取りに行くんだからね・・・
妙法 清澄院日大信士位
六月二日
俗名 田中大偉
享年十六歳
6月8日(金)晴れ・・・
今日は、Tグループが休み。
銀行に寄った帰りに、お墓は向かった。
みなさんから、手向けていただいたお花は元気にしている。
お花立て、したのバケツのお水を交換した。
大偉っ!
明日は湯沢でTグループの野球大会だよ!
一昨年の都市対抗野球をみながら、来年は湯沢の野球大会にくる?と聞いたら・・・行くって行ってたよね。
楽しみにしていたのに・・・
結局昨年は・・・
会社に久しぶりに出た時、準優勝だったけど銀メダルをいただいて、今でも机の上に飾っている。
今年はその忘れ物を取りに、大偉と一緒に行く事にした。
朝が早いので・・・前の晩から、元上司の家に泊まりにいった。
明日から、あいにくの雨・・・大丈夫かな?
6月9日(土)雨・・・
天気予報通りの雨。
赤城高原あたりから、雨が激しくなってきた。
こりゃ、湯沢についてもダメだな。
谷川岳PAで食事。
ただ行くだけかもよ・・・
関越トンネルをでると・・・雨があがっている。
さすが、谷川連峰。
トンネルを抜ける前と後では、天気が全く違う・・・
できるかな?と思いながらしばらくはしると、高速から見える野球場でしっかりと試合をやってのが見える。
我々は第二試合。
降ったり、やんだりの小雨の中初戦は9対0で完封勝利。
次の第四試合・・・
7対1でリードしていたが、最終回に同点に追いつかれる。
結局相手が、次の日の試合を放棄したため勝ったけど、負け試合だった。
旅館では、食事前にみんなで飲んで、食事後も飲んで、また部屋で飲んで・・・
どんだけ飲むんだよって感じ。
今年は男ばっかりだから・・・学生の修学旅行みたい。
温泉もあるし、楽しい一夜だった。
大偉もお酒が飲めれば楽しいよね。
6月10(日)雨のち曇り・・・
昨夜からの雨でグラウンドコンディションが悪く、決勝戦は中止。
両社、東京のチームなので日を改めて行う事になった。
これまた、関越トンネルを抜けると晴れ。
谷川連峰ってほんとすごいんだな。
昼食をとって、夕方には帰ってきたけど、体中がものすごく痛い。
明日から大変だよ。
大偉っ!
決勝戦も一緒にいくよ。
去年の忘れ物を取りに行くんだからね・・・
2012年6月7日木曜日
7日(木)晴れ・・・進んでいる?
平成二十三年
妙法 清澄院日大信士位
六月二日
俗名 田中大偉
享年十六歳
今日は、ジメジメした空気感もなくからっと晴れて気持ちがよかった。
朝から、午前中いっぱい仕事の打ち合わせのため、豊洲にでかけ、一旦事務所に戻ってはくるが赤坂の音楽会社に行き作業・・・
今週は、月曜日からちょこちょこと外出が続いている。
モバイルPCを持てないので、会社に帰ればメールがたくさん入っているし、前線から電話も入る・・・やはり外出先でメールが見れないのが一番辛いかな?
処理するタイミングが遅れてしまう。
そんな中・・・
移動中だったり、ふとした時に「本当に私は前に進んでいるのだろうか?」と思う事がある。
前に進んでいるのではなく、時が何事もなく過ぎ去っているだけにすぎないんじゃないのかと思う。
色々な事を済ませ、終わったようには見えるが本当の意味での前に進んでいるとはやっぱり違うのかな?
それでも、皆さんから支えてもらっている。
いつまでも甘えてばかりはいられないと思っている・・・。
・・・旅立って以来できなかった事を少しずつでも今までと同じように生活するようにはしているが・・・
周りには配慮しながらも、自分の心に無理がかからないように生活しようと思う。
妙法 清澄院日大信士位
六月二日
俗名 田中大偉
享年十六歳
今日は、ジメジメした空気感もなくからっと晴れて気持ちがよかった。
朝から、午前中いっぱい仕事の打ち合わせのため、豊洲にでかけ、一旦事務所に戻ってはくるが赤坂の音楽会社に行き作業・・・
今週は、月曜日からちょこちょこと外出が続いている。
モバイルPCを持てないので、会社に帰ればメールがたくさん入っているし、前線から電話も入る・・・やはり外出先でメールが見れないのが一番辛いかな?
処理するタイミングが遅れてしまう。
そんな中・・・
移動中だったり、ふとした時に「本当に私は前に進んでいるのだろうか?」と思う事がある。
前に進んでいるのではなく、時が何事もなく過ぎ去っているだけにすぎないんじゃないのかと思う。
色々な事を済ませ、終わったようには見えるが本当の意味での前に進んでいるとはやっぱり違うのかな?
それでも、皆さんから支えてもらっている。
いつまでも甘えてばかりはいられないと思っている・・・。
・・・旅立って以来できなかった事を少しずつでも今までと同じように生活するようにはしているが・・・
周りには配慮しながらも、自分の心に無理がかからないように生活しようと思う。
2012年6月6日水曜日
6日(水)雨のち曇り・・・閉じないで
平成二十三年
妙法 清澄院日大信士位
六月二日
俗名 田中大偉
享年十六歳
貫徹ではないが、朝4:30に起きて仕事を再開・・・
7:30AMに朝食を食べに外へでるが、雨が降っていた。
昨年は、前日の涙雨から一転、ものすごい良い天気だった。
徹夜・・・
事務所が木場にあった頃、やっぱり何回徹夜をしたんだけど、家に電話をして「徹夜になるから・・・」と伝え、大偉に代わってもらった事があった。
徹夜という言葉も知らないし、家内からすぐに代わったから説明なんてしていないんだけど、きっと大偉は、今日は帰ってこないんだと感じたのだろう・・・
優しい、ちょっと高い声で・・・本当に帰ってほしい声で
「パパぁ~、帰ってきて」と二回くらい言って家内に代わった。
その時は、深夜2:00くらいまで仕事をしてタクシーで帰った記憶がある。
午前中は、今月の計数会議・・・
その後、飯田橋のメーカーへ打合せのため外出。
6:00PMに帰社後、さらに仕事を再開。
そんなこんなで、12:00AMちょっと前に家に着いた。
昨年は、10:30AMから告別式がはじまった。
この年になると会社の上司、同僚、後輩などのお通夜に出る事も多い。
いつもは、お通夜だけで告別式には参列しないのだが、その時だけは受付を任せられていたので告別式にも参列した。
その告別式を出てからは、こんなに悲しいのなら出るのはやめようと思ったほどで、それから出てはいない。
本当に悲しく、辛い告別式だったから・・・
それが、今回自分の息子を・・・だもんね。 信じられない。
控室に、家内とN-nhaの三人で泊り、大偉の小さい頃や、小学生、中学生、高校生などを思いながら、最後の挨拶文を家内と書いた。
参列者全員で、最後のお別れのためお花を棺の中に入れた。
大偉が日頃着ていたTシャツ、Gパンがあっという間にお花で埋め尽くされ見えているのは、大偉の顔しかない。
綺麗に化粧をした顔を、司法解剖の影響で少しくすんできているのがわかる。
これが、肉体がある大偉の最後。
最後・・・棺を閉めるともう大偉の顔を覗く事ができない。
斎場の係りの方もゆっくり閉めてはいくが、「待って、まだしめないで」と叫んだ。
「ほらっ、大偉が泣いている、まつ毛が濡れているよ。」
足元からゆっくりしまる。
最後は、自分の顔を棺の中に入れ、ずっと大偉を見ては、もう少し、もう少しと言いながら大偉との別れを少しでも先に延ばそうとしても、最後の時は訪れた。
最後の挨拶・・・
会場の外・・・
大偉の棺にしがみつき・・・最後に「大偉」と叫ぶ。
焼き場へ向かう廊下・・・
倒れそうになる私を、家内の親父が支えかろうじて歩ける状態だった。
大偉のために、お通夜、告別式と参列していただいて本当に感謝しています。
大偉との、たくさんの思い出があることでしょう。
もしかしたら、大偉の強がりで不愉快にさせてしまっていたら、ごめんなさいね。
悪気はないので許してあげてね。
一言も悪口を言うような子ではなかった。
小さい子が好きで、面倒見も良かった。
計算は得意だったけど、勉強は二の次。とにかく体を動かしているほうが好きな子だった。
大偉と同じ年代に生まれ、必然にも大偉と知り合い、2011年6月2日までいたが・・・あなた達は大偉の最後を見たよね。
私達家族の姿を見たよね。
妹のN-nhaは、葬儀の間、終始家内の膝で泣き崩れて・・・
それでも、大偉に会いたいと残ってくれたお友達に家内と頭と下げていた。
ためらいも、恥じらいもなく大声を出して・・・
あの日、あなた方の目に映った姿は、これからの人生を生きていく教訓として絶対に忘れないでほしい。
絶対に・・・
結果、大偉が犠牲になってしまったけど・・・
こればかりはね。
あんな姿を、自分の親になんかさせるんじゃないよ。
毎日の生活の中ではほんとうに何が起きるかわからないんだよ。
人生の幕が突然おりるかも知れない。
だから、毎日を大切に一生懸命に生き抜いてほしい。
妙法 清澄院日大信士位
六月二日
俗名 田中大偉
享年十六歳
貫徹ではないが、朝4:30に起きて仕事を再開・・・
7:30AMに朝食を食べに外へでるが、雨が降っていた。
昨年は、前日の涙雨から一転、ものすごい良い天気だった。
徹夜・・・
事務所が木場にあった頃、やっぱり何回徹夜をしたんだけど、家に電話をして「徹夜になるから・・・」と伝え、大偉に代わってもらった事があった。
徹夜という言葉も知らないし、家内からすぐに代わったから説明なんてしていないんだけど、きっと大偉は、今日は帰ってこないんだと感じたのだろう・・・
優しい、ちょっと高い声で・・・本当に帰ってほしい声で
「パパぁ~、帰ってきて」と二回くらい言って家内に代わった。
その時は、深夜2:00くらいまで仕事をしてタクシーで帰った記憶がある。
午前中は、今月の計数会議・・・
その後、飯田橋のメーカーへ打合せのため外出。
6:00PMに帰社後、さらに仕事を再開。
そんなこんなで、12:00AMちょっと前に家に着いた。
昨年は、10:30AMから告別式がはじまった。
この年になると会社の上司、同僚、後輩などのお通夜に出る事も多い。
いつもは、お通夜だけで告別式には参列しないのだが、その時だけは受付を任せられていたので告別式にも参列した。
その告別式を出てからは、こんなに悲しいのなら出るのはやめようと思ったほどで、それから出てはいない。
本当に悲しく、辛い告別式だったから・・・
それが、今回自分の息子を・・・だもんね。 信じられない。
控室に、家内とN-nhaの三人で泊り、大偉の小さい頃や、小学生、中学生、高校生などを思いながら、最後の挨拶文を家内と書いた。
参列者全員で、最後のお別れのためお花を棺の中に入れた。
大偉が日頃着ていたTシャツ、Gパンがあっという間にお花で埋め尽くされ見えているのは、大偉の顔しかない。
綺麗に化粧をした顔を、司法解剖の影響で少しくすんできているのがわかる。
これが、肉体がある大偉の最後。
最後・・・棺を閉めるともう大偉の顔を覗く事ができない。
斎場の係りの方もゆっくり閉めてはいくが、「待って、まだしめないで」と叫んだ。
「ほらっ、大偉が泣いている、まつ毛が濡れているよ。」
足元からゆっくりしまる。
最後は、自分の顔を棺の中に入れ、ずっと大偉を見ては、もう少し、もう少しと言いながら大偉との別れを少しでも先に延ばそうとしても、最後の時は訪れた。
最後の挨拶・・・
会場の外・・・
大偉の棺にしがみつき・・・最後に「大偉」と叫ぶ。
焼き場へ向かう廊下・・・
倒れそうになる私を、家内の親父が支えかろうじて歩ける状態だった。
大偉のために、お通夜、告別式と参列していただいて本当に感謝しています。
大偉との、たくさんの思い出があることでしょう。
もしかしたら、大偉の強がりで不愉快にさせてしまっていたら、ごめんなさいね。
悪気はないので許してあげてね。
一言も悪口を言うような子ではなかった。
小さい子が好きで、面倒見も良かった。
計算は得意だったけど、勉強は二の次。とにかく体を動かしているほうが好きな子だった。
大偉と同じ年代に生まれ、必然にも大偉と知り合い、2011年6月2日までいたが・・・あなた達は大偉の最後を見たよね。
私達家族の姿を見たよね。
妹のN-nhaは、葬儀の間、終始家内の膝で泣き崩れて・・・
それでも、大偉に会いたいと残ってくれたお友達に家内と頭と下げていた。
ためらいも、恥じらいもなく大声を出して・・・
あの日、あなた方の目に映った姿は、これからの人生を生きていく教訓として絶対に忘れないでほしい。
絶対に・・・
結果、大偉が犠牲になってしまったけど・・・
こればかりはね。
あんな姿を、自分の親になんかさせるんじゃないよ。
毎日の生活の中ではほんとうに何が起きるかわからないんだよ。
人生の幕が突然おりるかも知れない。
だから、毎日を大切に一生懸命に生き抜いてほしい。
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