2012年11月2日金曜日

2日(金)晴れ・・・君にあいたい


平成二十三年
妙法 清澄院日大信士位
六月二日
俗名 田中大偉
享年十六歳


午前中に大偉とみるちゃんに会いに行って、現場に向かう車の中・・・

ラジオから流れてきた、

「君にあいたい」のフレーズ。

すぐにミスチルとわかった。


大偉の事を思い出し、涙が溢れてきた。


どんなに嫌な事をされても、絶対に人の悪口は言わなかった。

学校で嫌な事があっても、何も言わず人のせいにもしなかった。


嫌な事をされた友達でも、仲良くできる事を信じ

いつもと変わらない接し方をしていた。


「クラスが仲良くできればそれでいい」

いつもそんな事を口にしていた。


お墓には、大偉とみるちゃんが一生懸命に生きた



「証」



がある。



大偉とみるちゃんに会えるなら何もいらない。


なにも望まない。


あの日の1秒前に戻してもらいたい。


こんなに悔しい思いはない。




Mr.Children - 常套句
http://www.youtube.com/watch?v=YEUOMoCU-60


http://www.youtube.com/watch?v=JtXsfMxvzlk

遠い空の彼方まで
http://www.youtube.com/watch?v=Xt5Qf0nUk0Y&feature=plcp

2012年11月1日木曜日

1日(木)晴れ・・・がんばれとがんばり


平成二十三年
妙法 清澄院日大信士位
六月二日
俗名 田中大偉
享年十六歳


朝の通勤電車の中・・・iPoneで産経新聞を読んでいた。

30日に亡くなった79歳 藤本義一さんの言葉・・・

「がんばれ」と「がんばり」・・・

どこが違うのか?


その記事には、阪神大震災の時にいただいた励ましの言葉だったが、

その言葉の受け止め方は微妙に違っていた。


「がんばれ」とは命令形であり、言葉だけにすぎない。

だけど・・・

「手を差しのべて、手伝ってくれる」

そういう方は「がんばり」なんだと。


おなじ励まし方だけど、最後の「手」が違う。


そう考えると、あれ以来私のまわりの武道家たちは後者だなとあらためて思った。

勇気づけられるし、

心遣いをしていただきながら

支えていただいている。

本当に感謝している。


2012年10月31日水曜日

31日(水)晴れ・・・ショック

平成二十三年
妙法 清澄院日大信士位
六月二日
俗名 田中大偉
享年十六歳


昨年の7月末に買ったASUSのPCが壊れてしまった!

AC電源の通電ができない事と、左クリックが認識しない。

左クリックは何となく、感度が悪いなぁ〜と思っていて段々と反応が悪くなった。

AC電源はというと、突然に近い。

でも、これもなんとなく根元が緩い感じだった。

もう一年は過ぎているし、どうしよう?

せっかく良い品を安く購入できたのに・・・。


一年以内であれば、無償保証だったのに・・・

それでも基盤修理するとなると、高額になる事は間違いない。

確認をすると、お客様には一万円の負担をしていただきますとの返事!

あまりにも高額なため、保険だけではまかないきれなくお客様にも負担を

していただいているんだって・・・

あまりのショックで言葉にならず。

でも修理をしないと使えないし、

修理をお願いした。

みんなに、PCのデータはなくなる可能性があるかもしれないけど、

大丈夫?と確認してから・・・

3日くらいたってから、他のデータは別にしても

どうしても残しておかなければならないデータがある。

何処かに保存していないか?色々と考えたが、修理に出すPCだけだった。

翌日慌てて、BICカメラに会社帰りに向かった。

修理から、データバックアップへ切り替えた。


しばらくしてから、バックアップする会社から電話があった。

500MBのUSBポータブルハードディスク込で、25,000円です!

マジかよ・・・


さらにショックを受け、家内に伝えた。


お金では絶対に買う事ができないデータが入っている。

写真もそうなんだけど・・・・

それ以上に、


大偉の肉声が入ったデータが入っている。

今となっては、絶対に失う事ができないデータだ。

 


2012年10月30日火曜日

30日(火)曇り・・・青梗菜

平成二十三年
妙法 清澄院日大信士位
六月二日
俗名 田中大偉
享年十六歳


N-nhaが、学校から青梗菜を収穫してきた!

食品科の授業はいろんな事をするんだな。


たまたま、早く帰ってきた・・・

大偉とみるちゃんに取り分けた。


大偉は、野菜が苦手だから小さいのね!

みるちゃんも苦手なんだよね。


一つくらい食べなさいと言われると、一番小さいのをお皿に取って食べて・・・もう少し食べたらというと、一つでいいと言ったじゃんというし、そんな小さなのでなくてと言えば、一つは一つと言ってたよね。


お皿にお肉と、一番小さい青梗菜を取り分けながら・・・

もう一つくらい青梗菜を入れようとしたら、


あぁ~、もういいから・・・

もういいって!


と、声が聞こえてくるほど・・・ちょっと笑ってしまった。

懐かしかった。


家内が、大偉は

じゃがいも

きゅうり

とうもろこし

以外は、ほとんど自分から手にしなかったもんね。

必ず、取り分けたり、一つでいいから食べなさいと言われていたね


旅先でも、しっかりと食べなよ!

2012年10月29日月曜日

29日(月)晴れ・・・やめたい

平成二十三年
妙法 清澄院日大信士位
六月二日
俗名 田中大偉
享年十六歳


浅田真央のインタビューが報道ステーションで流れていた。


浅田真央から・・・


松岡修三がはじめて聞いた


「やめたい」


の言葉だった。


お母様が若くしてお亡くなりになり、


海外遠征?・・・駆け付ける事もできなかったという。


その年のスケートは散々なもので、ジャンプの失敗、試合開始直前の

ジャンプの変更等、苦悩と葛藤の連続で不本意だったという。


一旦、スケートを休んだが日本代表合宿では、周りが順調に成長していく中、

自分だけが取り残された。


このままでは、ダメになってしまうと気を奮い立たせ、

立ち上がったという。


今回のスケートは今までと違っていた。


今までは、一番最初に入るジャンプはいつも同じ「トリプルアクセル?」

それをはじめて違うジャンプに変更した。


最近のジャンプを見ると、自身なく飛んだり、失敗の連続で、最後の演技まで

引っ張っていたが、


確実に飛べるジャンプに変更した事により、気持ちを落ち着かせ


最後まで華麗に演技し、表情もよかった。


会場からはもちろんスタンディングオベーション。


フィギアスケートは詳しくないが

あの浅田真央の表情を見ているとこっちまで

ほんわかしてくる。


浅田真央がやめたいと思った時から、奮い立たせるまでの時間は

本人しかわからない。

辛く、苦しく、逃げたい気持ちでいっぱいだったろうと思う。



私も色々な事で何度、「やめたい」と思ったことか・・・実際にやめた事もある。

家族に支えられ、

お互いの両親に支えられ、

・・・色々な方々に支えられて、今の自分がある。




こんな自分でも、支えてくれる人がいるから・・・

辛い時も、グッと堪えられる・・・時もある。


悩んでも前には進まない。

とにかく、顔をあげて、明るくしてさえいれば、それだけでいい。


また、仲間が応援してくれる。


辛く、苦しい壁にぶつかった時は、そうするように心がけている。