2013年6月10日月曜日

10日(月)晴れ・・・はかりしれない

平成二十三年
妙法 清澄院日大信士位
六月二日
俗名 田中大偉
享年十六歳


今日から二日間の研修のため新横浜にいた。

駅から研修会場までの歩く中、どんな思いだったのかな?


同じ境遇に立たされながら、想像もつかない・・・。


どんなに悔しい気持ちも押し殺し

数年前まで、現場に行っていたという。


魂はそこにはないかもしれないが

あの日、この時間に、この場所で生きていた事を

思い出すとそこの場所に行きたい・・・行かずにはいられない気持ちになる。


いまでも、その時期になると思い出す。


あの笑顔と事故。



2013年6月9日日曜日

9日(日)晴れ・・・1:08AM

平成二十三年
妙法 清澄院日大信士位
六月二日
俗名 田中大偉
享年十六歳


今日はそのまま湯沢から、帰ってきた。

一緒に行った、同期三人と蕎麦屋で食事をしていた。


三回忌したの?

うん。先月の19日にね。


一人は奥様を2009年に亡くされ

もう一人は・・・二十数年前に一つしたの弟を事故で亡くした。


冬の朝・・・

スキー帰りの対向車が居眠りでセンターラインを超えてきた。

満載に積んだ15tトレーラーはハンドルを切ったが、くの字の曲がったトレーラーは

制御不能となり、積んだ荷物の重さでそのままマンションに激突、

圧死してしまった。


スキー帰りの女の子が、眠っていなければ・・・

後、三秒早ければ・・・

今日いた弟が・・・

無言の帰宅をなってしまった。

当時23歳。

悔しくて・・・悔しくて。

未だに受け入れられないという。


結婚を決めていた彼女な、泣き崩れて立ち上がる事ができなったという。


当然Newsでも流れたが、F-tomeさんが公共の電波に

まだはっきりしていないのに、トラックの運転手の居眠りみたいです・・・

ふざけんじゃね・・・

あいつだけは、絶対に許さない。


事故とは一瞬の出来事。

まさか自分の家族に降りかかってくるとは誰も思わない。

私もそうだが、いまでも悔しい気持ちでいっぱいです。

思っていても、誰にいう事もできず

墓場まで持っていくしかないと思う。


まだ16歳。

これから色々な事を学ぶはずっだったのにな・・・

お前も辛い思いをしていたんだな。

大偉を見た事もないが

ブログを見てわんわん泣いていた。


こんなイケメンだったのか?

いい顔いしているな。


巳塁の月命日。

一緒にいるよね・・・


2013年6月8日土曜日

8日(土)晴れ・・・約束したね。

平成二十三年
妙法 清澄院日大信士位
六月二日
俗名 田中大偉
享年十六歳


2010年7月・・・

T社が出た、都市対抗野球!


湯沢の野球大会に一緒に行く約束をしていたよね。

その湯沢に向かっています。


谷川岳SAで食べた大盛りのご飯。

きっと、大偉だったら食べていたと思うよ。



10:30AM過ぎに球場に到着。


ところが・・・


信じられない、耳を疑う言葉が飛び込んできた。



心肺停止です。


えっ!


練習をしていた、他のチームの選手がノックの後

ベンチに座った途端に倒れ、そのまま帰らぬ人となってしまった。


こんな事があるのかよ・・・・


みんな信じられない気持ち。


なんとも、言葉にできない一日だった。

2013年6月7日金曜日

7日(金)晴れ・・・あれから

平成二十三年
妙法 清澄院日大信士位
六月二日
俗名 田中大偉
享年十六歳


6月2日・・・16:10。

その後にたくさんの方が来てくれていたんですね。

本当にありがとう。


いまでも、何かある事に大偉の写真を見てがんばる。


愛おしい子だった。

こんなに優しいい子に会った事ないよ。



2013年6月6日木曜日

6日(木)晴れ・・・傷

平成二十三年
妙法 清澄院日大信士位
六月二日
俗名 田中大偉
享年十六歳


お前の。

頬の傷・・・

かけた歯

綺麗な指

今でもちゃんと覚えている。

絶対に忘れるわけないじゃん。


よく頑張ったな。

ニ年経っても、遺留品は手付かず。

開けられないままだよ。