2014年3月14日金曜日

14日(金)晴れのち曇り・・・まだまだ。

平成二十三年
妙法 清澄院日大信士位
六月二日
俗名 田中大偉
享年十六歳


年度末も今週からものすごい勢いで、忙しくなってきた。

昨日、一昨日と2泊連続のホテル泊。

仕事をこなしながら、研修の資料を纏め上げなければならない・・・

今年度は、始めから辛かったが何とか残り2週間で終わる。

残り2週間の追い込み・・・最後まで大変だな。


昨日、ホテルに向かいながら大偉の事でまだやらなければならない事があり、

ずいぶんと時間が経ってしまったなと思いながら歩いていた。


たまに見かける大偉のZEPHYER 400。

大偉の笑い声が聞きたい。

みるるの顔がみたい。



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2014年3月11日火曜日

11日(火)晴れ・・・3年

平成二十三年
妙法 清澄院日大信士位
六月二日
俗名 田中大偉


享年十六歳


あの東日本大震災から3年・・・。

少しずつ前に進んでいるのだろうか?


家族と別れ・・・

生まれ育った故郷を離れ・・・

もう一度戻って来ることもできず避難生活先で亡くなった方もいる。


被災地に仕事で通った事はあるが、何一つ活動を起こしていない自分がいる。



色々とあるが、東電の放射能汚染を必死に食い止めている方もいる。


私みたいにその時だけ思ったり、感じたりしただけでは


何も変わらないという事をあらためて感じた日だった。


また、こうして感じている1年にならないようにしたい。




2014年3月10日月曜日

10日(月)晴れ・・・手に入れられない

平成二十三年
妙法 清澄院日大信士位
六月二日
俗名 田中大偉
享年十六歳


録画をしてた番組を見ていた。

主演は、SMAPの草彅剛。

えん罪で10年間もの間、服役して刑事に戻ってきて難事件を解決していく。



詳しい内容は省略するが、未婚で育てた娘が見たこともない父親の名前を

亡くなる母親の口から聞き、その名前を頼りに自殺に追いやった

父親の同級生に復習をする。

父親は当時、大学生。



35年も経ったと言うのに。。。

今更、なんでこんな事をするのか?の問いに




こんな台詞を草彅剛が言った。


刑務所で知り合った人からこんな話を聞いた

その人は、一人息子を同級生に殺された。

ある日、家庭を持ち楽しそうに食事をしている、同級生を見てお店の外から見かけた。



「あいつは、38年経って手に入れた物を、息子は何一つ手に入れられなかった。」


そう思うといてもたってもいられず、店に入りナイフで刺した。。。


この台詞を聞いて・・・

まさにその通りだなと感じる。



16歳・・・6月2日以降も変わらず生活をしているはずだったのに

何ひとつ手に入れる物がない。

手に入れた物がない。


この台詞の意味は・・・・

決して亡くなった当時だけの悲しみや苦しみだけではないという事です。

この苦しみ、悲しみやは年月が経てば立つほど重くなる。


だってまだ16歳なんだから。


ずっと背負っていかなければならない事実である。



2014年3月9日日曜日

9日(日)晴れ・・・みるる。

平成二十三年
妙法 清澄院日大信士位
六月二日
俗名 田中大偉
享年十六歳


昨年の冬審査の帰りに自転車の出会い頭での事故で、毎日歩いて帰りは迎えに来てもらってという生活だったが、やっと自転車を買った!


昨日、買いに行って今朝取りに行ってきた。


買ったD2までは歩いて行ける距離・・・小さな踏切の向こう側では


お父さんと、小さな男の子が車を洗っていた。

小さな男の子は、タイヤを洗うブラシを小さな手で持って

洗うというよりは、なでる感じだった。。。



大偉も、小さい頃は一緒に洗車の手伝いをして

びしょ濡れになりながら、楽しんでいたなぁ~。


大きくなり・・・今度はメンテナンスをしてもらう楽しみがあったのに・・・



その実現は叶わなかった。




午後には、みるちゃんの月命日だったのでみんなで会いに行ってきた。

手を合わせ長くお参りをする家内・・・一番、みるると長く一緒にいたからね。


その後ろ姿を私はじっとみつめるだけだった。




2014年3月2日日曜日

2日(日)雨・・・同じ小雨

平成二十三年
妙法 清澄院日大信士位
六月二日
俗名 田中大偉
享年十六歳


夕方過ぎに・・・現場に向かった。

同じ小雨。


連絡を受け、ここを走った家内。

なんとも言えない時間だった。