2014年6月7日土曜日

7日(土)雨・・・特別な日

平成二十三年
妙法 清澄院日大信士位
六月二日
俗名 田中大偉
享年十六歳


どしゃ降りの大雨だというのに、大偉のお墓に立ち寄り、

I-ue先生夫妻とR-seyさんがその後、稽古に参加してくれた。



毎年訪れる特別な月・・・。


朝、稽古場の準備を整え、大偉の写真を正面脇にそっと置いた。


少年部の中には、もう大偉を知っている子供達はもういない。



こうしてI-ue先生夫妻、R-seyさんが道場にいると私が入門した当時を思い出さす。


大偉、R-uma、S-go、N-nha・・・・同じ世代の子供達が少年部の稽古終わり、

すぐ脇で、遊んでいたのをね。


大偉の写真を見ると、だいぶ大きくなった顔をしているが、道場では

この思い出ばかりだな。



大偉を感じ、大偉の着ていた道衣を身にまとい稽古をしていた。


あれから3年・・・


もう3年と感じるのだろうか?

まだ3年と感じるのだろうか?



毎年訪れる6月・・・。


私にとって特別な月でもあり特別な日。



いつもより、大偉の事を感じる・・・小さい頃の大偉から


2011年6月2日の出来事まで。




2014年6月7日 稽古に集まった仲間たち






2014年6月6日金曜日

6日(金)雨・・・大偉みたい

平成二十三年
妙法 清澄院日大信士位
六月二日
俗名 田中大偉
享年十六歳


先週の「ハイキュー」を見ていた。


オープニングの主人公の膝からしたのシューズを履いた足の感じが大偉みたいだった。


この「ハイキュー」を通して、大偉も中学の時、一生懸命にバレーをしてきたんだなと思いながら見ている。



今は、この「ハイキュー」で大偉を感じている。



2014年6月5日木曜日

5日(木)雨・・・3年前

平成二十三年
妙法 清澄院日大信士位
六月二日
俗名 田中大偉
享年十六歳


会社を出たのが、8:00pmすぎ・・・。

駅まで雨の中歩いていた。



3年前の今日は、よく晴れた天気だった事をよく覚えている。


午前中には、後輩の子が大偉に会いに来てくれた。


夕方前には、自宅出棺・・・。


もうこの家で、大偉が寝る事はない。

帰ってきているとしても、私には見えない。



滞りなくお通夜が終わり、9:00pm・・・

突然の土砂降りの雨。


涙雨。


まるで、来てくれた方がお友達が家に着いたのを確認したかのような雨だった。




そんな3年前を思い出す。



2014年6月2日月曜日

2日(月)晴れ・・・途切れた道

平成二十三年
妙法 清澄院日大信士位
六月二日
俗名 田中大偉
享年十六歳



今日は、6月2日・・・

大偉の命日となってしまった日。


今回、初めて有給休暇をもらい休んだ。

特に何も言ってはいないが、会社の携帯も全く・・・鳴らない。


N-nhaも先週の土曜日の授業の振り替えで、今日は休みなので

午前中に家内とN-nhaは、大偉とみるちゃんに会いに行った。


帰ってくると・・・自転車に乗る服を着ていた人とすれ違ったと言ったので

「H-shiだ!」・・・えっなんで・・・

会社を休んだのかな・・・。

2週間の出張の代休かな?なんて思っていた。


私は、午前中にお客様が来ると待っていたが、色々とトラブルがあり会えなかった。


歯医者の予約が4:30PM・・・


4:10PMに現場に先に行ってから歯医者に向かおうと思ったが、先にお墓に向かった。


管理棟にある記帳には、H-shiの名前があった。

他校の中学時代のバレー部の友達の名前。



歯医者を出たのが結局、5:30pm過ぎ・・・。


それから現場にむかった。



6:00pm前にに着いた。

平日なので駐車場はガラガラだったが、1台の車から

お花を持って出ていく子の姿が見えた。


誰だろう?・・・。


近づくと、大学の一つ上の先輩の姿だった。

毎年、来てくれている。


まもなくすると・・・・


「あっ、来た!」と言ったので振り向くと


数台の車とバイクが左折して駐車場に入ってきた。


5~6人くらいかな?


話した事はないが、一人だけ顔を見て知っている。

大偉が入学当時から話をしていた子だから・・・。


後は、もしかしたらどこかで会っているかもしれないが、わからない・・・ごめんね。



普段・・・こんなところに人が集まる事のない場所に・・・

道も渋滞していた。

なんで、人が集まっているのだろう?と思いながら車を運転していた人がもいただろう。

当時も、現場検証のため同じように渋滞していたんだろう


あれから、この道を何万台・・・何十万、何百万台と走りさっている事だろう。

もしかしたら、あのトラックも・・・。


2011年6月2日・・・

この場所から家までの距離・・・車で10分~15分の距離。

この短い距離を大偉は自力で帰ってくる事ができなかった。

向かった先は、家とは真逆の慈恵医大柏病院。


この距離を帰ってきたのは・・・

まだこんな車に乗るには早すぎるという車に乗り、変わり果てた大偉。


無言の帰宅だった。


3日の朝早く流れたニュース

柏警察から、大偉を見送る家内とN-nhaの姿と声

毎日、現場に向かっては何か証拠が落ちていないかと探して・・・・


調書をとられ・・・聞かされ、また現場に出向き

滑った地点と、大偉が倒れた地点を見つけるが大体の位置しかわからない。


今でも思う事は、前歯がかけたり、頬にすった傷はあったが

そのままの大偉の顔で帰ってきてくれてよかったとつくづく思う。


お通夜に来てくれた友達からは、最後に大偉に会いたいと残っていた。

そんな子達にも会わせる事ができたのだから・・・。



本当だったら、あの日も普通に大偉の道は続いていた。

続くはずだった・・・。

今でも、普通に何処の家庭にでもあるような光景で暮らしていた。




こうして、お墓に行ってくれた方・・・

現場に来てくれた方・・・

大偉のためにわざわざ、時間を作って会いにきてくれて本当にありがとうございます。

それから、いつもお花を手向けてくれた人からもメールが届いた。いつもありがとう。

7日にも大偉に会いに来てくれるとI-ue夫妻からも、R-seyさんからも連絡あった。





2011年6月2日・・・とはまったく違う、よく晴れた良い天気だった。




田中大偉・・・・

あなた達には、どんな男に見えたのかな?





一瞬、途切れてしまったが・・・

こうしてみなさんが、大偉の道を繋げてくれた。

私たち家族を繋ぎ、支えてくれている事に感謝します。


大偉の道を、一つひとつ歳を重ねながら、思い浮かべる事でしょう。


2014年6月1日日曜日

1日(日)晴れ・・・夢

平成二十三年
妙法 清澄院日大信士位
六月二日
俗名 田中大偉
享年十六歳



朝に現場にに出かけ、お花とお線香を手向けた。

いつものお花が手向けてあった。


毎回、同じ形のお花・・・

同じ子が、大偉の最後にいた場所に来ているんだな。

どなたかわからないが、いつもありがとうございます。

もしこのブログを見ていたら・・・お礼を言いたいので

メールをいただけませんか?





今日は、お互いの両親と一緒に大偉と、みるちゃんのお墓参りに出かけた。

その後、一緒に食事をした。



ちょっとだけ、「大偉の夢を見た?」の話しになった。


みんな夢に出ていないというが・・・・


ばぁちゃんだけが、ぼんやりとだけど大偉の夢を見たと言う。


ばぁちゃん・・・と声をかけてきたみたい。。。



大偉はどうしているのだろう。