2015年8月5日水曜日

5日(水)晴れ・・・命の期限

平成二十三年
妙法 清澄院日大信士位
六月二日
俗名 田中大偉
享年十六歳



余命〇年・・・とは〇ヶ月など、病院関係のドラマやドキュメンタリーを見ていると

耳にする言葉だ。


自分の命に・・・「命の期限」があるとしたら


何をするだろう?

何がしたいだろう?

何を残すのだろう?


お母さんから産まれてきたが、障害があり余命を告げられてしまうケースも

少なくはないと思う。


赤ちゃんは何もできないけど、それまでの間・・・一生懸命、ママやパパに

伝えているんだよね。

その姿を通して、親と子の繋がりで伝えているんだよ。


今は、取りあえず健康に生活をしているが、余命を告げられたら

「貴方なら何をしますか?」


今、その状況になっていないので考えてもしょうがないし、考えられないと言うのが

私の正直な気持ちではあるが、もし私に何かあれば困らないように、重要な事は

最低メモにして残して置かなければならないかなと感じる。


自分で命の期限を決める事はできない。

自分で命の期限を絶対に決めてはいけない・・・。


自然と幕が降りてくる、その瞬間まで生き抜かなければならない。


自分の生きた「証」を残すために。




2015年8月2日日曜日

2日(日)晴れ・・・4年

平成二十三年
妙法 清澄院日大信士位
六月二日
俗名 田中大偉
享年十六歳


月命日の今日・・・

親父とお袋が習志野から大偉に会いにくるので、9:00ちょい過ぎに

お墓について掃除をした。

管理人さんが綺麗にしてくれていたので、簡単に済ませた。


いつものように記帳ノートに目をやると、S-yakaさんが来ていた。


24日(金)にメールをいただき、26日(日)に会いに来てくれていた。

こういう形で友達と会うなんて、S-yakaさんも大偉も、これっぽちも

想像しなかった事だろう。


もちろん、私だって・・・

暇さえあれば、自分達のお墓に・・・

両親だって、孫のお墓になんて・・・

誰も想像しなかった。



こんな事が、自分に降りかかってくるなんて。

というか、みるちゃんと大偉に降りかかってくるなんて、考えもしなかった。


こういう出来事は一瞬なんだなと強く感じる。


私から見れば、もう4年・・・という感覚はなく

かと言ってまだ4年?とも言い難い、なんとも言えない感覚の月日です。



友達からみればこの4年はどう映っていたのだろうか?





2015年7月30日木曜日

30日(木)晴れ・・・汗っかき

平成二十三年
妙法 清澄院日大信士位
六月二日
俗名 田中大偉
享年十六歳


連日のうだるような暑さ・・・

毎年こんなに暑かったのか?と思わせる。

自分の一つずつ歳を重ねているので、そのせいなのかな?


最近、めっきり体力の衰えを感じる。

食欲はちゃんとあるんだけど、体には怠さが残る。


去年のN-nhaは、夏バテで学校に持っていくお弁当を残して帰っていたので、

家内がサラダうどんや、お蕎麦の具とは別に冷たいおつゆを持たせていたなぁ~。

そんなN-nhaも今年は少しは体力がついたのか、ちゃんとお弁当を食べて帰ってくる。


大偉や、みるちゃんも暑くて、暑くてたまらないんだろうな?


お墓に行き、お水をかけても、かけても・・・石の暑さでお湯になってしまう。

何度も何度も、お水を汲んではかけるの繰り返し。


どうしているのかな?



いつも汗をふったらかしていた大偉を思いうかぶよ。


遊びから帰ってきて、冷たいシャワーを浴びると「キャッキャッ」と騒いでね・・・


家に帰ってきて、旅の疲れでもとったらどう?

みるちゃんも櫛で毛並を整えないとね。




お盆に帰ってくるかな?






2015年7月26日日曜日

26日(日)晴れ・・・伝えてって。

平成二十三年
妙法 清澄院日大信士位
六月二日
俗名 田中大偉
享年十六歳




今日は会社の同僚と三人で東京ドームへ!

都市対抗野球2回戦 川崎市(東芝)×大阪市(NTT西日本)戦。


12:00に水道橋改札で待ち合わせ・・・ちゃんと時間より早く着いていたのがやじちゃん。

10分後に、私・・・

そして30分後にようやくしげちゃん。(しげちゃんは毎回です)


試合結果は1対4で負けました。


二次会?は、水道橋駅前にある「さくら水産」


久しぶりにあったというのに、話題は大偉や、やじちゃんの弟の事。


水道橋であって直ぐに、ZEPHER乗ってるの?

よく修理したよね・・・

すごいよって。とその話題からはじまった。


さくら水産の後、やじちゃんと喫茶店に入り続きの話し・・・

一生抱えて行かなければならない、思いをほんの少しだけ話した。

話しても話しても、尽きないこの思い。


大の男が二人…大泣きしながら話しているなんて、馬鹿みたいだった。

喫茶店を出て別れ際にやじちゃんから、大偉を知っている人と偶然に

話す機会があったと言う。

その方が、いつも見ているよって、伝えてと言った事を私に伝えた。

私は、その方は存じ上げないが大偉を通じて多くの方が繋がっているのだと思った。


こんな形で繋がるなんてね。

残念で仕方がない。





2015年7月24日金曜日

24日(金)晴れ一時雷雨・・・久しぶり!

平成二十三年
妙法 清澄院日大信士位
六月二日
俗名 田中大偉
享年十六歳


ずいぶんと久しぶりの人からメールが入っていた。


大偉の・・・あの日


大偉にお花を手向けに何度か来た事も。

K'zデンキに買い物に行けば声をかけてくれた。


最近と言えば・・・梅郷駅のエレベータでばったり会った事かな?

高校を卒業して、大学生?・・・顔も変わりまったくわからなかった。


たまに現場に行っていたそうで・・・



2011年6月2日・・・

大偉はここにいたんだよね。

つい1秒前まで息をしてZEPHERに乗っていたんだよね。

一瞬で、大偉の人生も私たち家族の人生も変わってしまうんだよね。

変わってしまうって、言葉では表すことができないくらい。


大偉がそうだった訳ではないけど、兎に角、生きていかなければならないという事。


いつか何処かで会えたら、大偉のお話しを聞かせてくださいね。

っていうか、もう顔も変わってS-ykaさんの事わからないかも。