2021年2月12日金曜日

12日(金)晴れ・・・思入れ

平成二十三年
妙法 清澄院日大信士位
六月二日
俗名 田中大偉
享年十六歳


今日は、天気が良い。

前から大偉の部屋を少しづつ片付けようと思ってはいたが、中々、手をつけず。

つい先日、大偉が着てた服を数着洗った。

どうしても着れない物は捨てるしかないけど。

私も、家内も、元々物を捨てる事をしないので、物がたまるんだけど

今まで使っていた、思入れとかもあり中々捨てきれないでいるのは確か。


大偉の部屋を片付け始めた今日も、少し片づけては部屋全体を見て

あれはどうしようかな?これはどうする?などと目で確認しながら

心で決める感じ。


思いでの沢山詰まった子供の物を捨てるなんて、ほんとに辛いです。

家が無茶苦茶大きければ、そのまま残せばいいけど

そうもいかないので。

まだ、少ししか片づけていないけど、大偉も中々物を捨てずに

大事に取っていたので、それを私が捨てるなんて。


それでも、やらなくてはならないので、ほんと大変。

2021年1月30日土曜日

30日(土)晴れ・・・真ん中

平成二十三年
妙法 清澄院日大信士位
六月二日
俗名 田中大偉
享年十六歳


今日は、無茶苦茶寒い・・・。

道場の畳も冷たく、足の裏が痛くなるほどだった。


稽古が終わり、車の用事を済ませた後に、大偉とみるるに会いに行ってきた。

風は冷たかったけど、冬場れの天気だった。


小さい頃は、大偉とN-nhaの誕生日は別々にやっていたんだけど

いつの頃からか、二人のだいたい真ん中の日にお祝いをするようになった。


あんなに小さかった子供達も、こんなに大きくなったのか?と思うと

Photoフレームを見ながら思う。


N-nhaには、大偉とみるるの分まで幸せになってもらいたいと願う。



家の中の片付けをした後に買い物。


N-nhaは途中でお留守番となった。夕方・・・ニュースで阪神淡路大震災のニュースが流れた。

2021年1月28日木曜日

28日(木)曇りのち雨からの雪・・・えっ、もう。

平成二十三年
妙法 清澄院日大信士位
六月二日
俗名 田中大偉
享年十六歳


1月17日夕方・・・ニュースで阪神淡路大震災のニュースが流れた。

阪神淡路大震災と聞こえ、今年で26年を迎えました。


この「26年」が耳についた。


えっ、もう26年も経つの・・・


大偉が生まれる日の11日前の出来事。

ついこの間まで24歳くらいかな?と思っていたのが、

26歳・・・我にかえるとN-nhaが24歳なんだから、そりゃそうか。


ある時から、時が止まっていたのかな?


大偉が生まれた数日後には雪が降った。

今日の雪は、まさに大偉が生まれた日を思い出させる日でもあった。


26歳の誕生日・・・どんな男になっていたのかな?

家内が大偉の好きな料理を作り、皆で食べた。


これから、色々な事をやりたかったろうに。

私も大偉と一緒に色んな事をしたかった。


子供のために何かをしたいとき・・・それができない寂しさ。

どこにもぶつける事ができないし、大偉もそれを望んでいるとは

思わないけど、

だけど本当に寂しいよ。


同じ年にみるちゃんと、大偉を一緒に旅出させてしまい

責めても責めても、どうしようもないけど、本当に寂しい。


26歳かぁ・・・

私は結婚する1年前だな。自分は何をやってたかな?


これから、もっと寒くなるけど体に気を付けてね。


大偉! 26歳の誕生日おめでとう。

お母さんのご飯、美味しかったでしょ。


2020年12月21日月曜日

21日(月)晴れ・・・重なった

平成二十三年

妙法 清澄院日大信士位
六月二日
俗名 田中大偉
享年十六歳

林家こん平さんが77歳という若さで人生の幕がおりた。

訃報がニュースから飛び込んできた。


林家たい平さんは、仕事だったので女将さんから聞いたと言っていた。

後から聞かされた・・・


なんか私と大偉、家内・・・そしてN-nha。両親・・・

心の中で、重なってしまった・・・。


あの日に戻った・・・


最近は、とても寒くなり大偉とみるるはどうしているのかな?


2020年11月28日土曜日

27日(金)曇り・・・だいい~ぃ

平成二十三年
妙法 清澄院日大信士位
六月二日
俗名 田中大偉
享年十六歳


伯父が遊びに来たというので、仕事が終わってから、家内の実家に行った。

N-nhaの姿を見るなり、大喜び。

私も、とても久しぶりだったので、たくさん飲んだ。

歳はとったけど、ぜんぜん変わらず・・・楽しかった。


大偉やN-nhaの小さい頃の話や、N-nhaのベナンの話しなどなど・・・

大偉の旅立つ話しも。


伯父も、親父も言ってたんだけど・・・

告別式の日。

ほんとにこれで棺桶が閉まる時だったのかな?

私はまったく覚えていないんだけど

「大偉~ぃ」って叫んだそうです。

そんな事があったのかと、今になって知った。

私が覚えているのは、参列してくださった方々が、大偉にお花を

置いて行く時が一番辛かった。

大偉の体の周りには沢山のお花で埋め尽くされていって・・・

係りの方が、足元から蓋を閉めていくのを、大偉の頭側に立っていた私は

大偉の顔が伏せられようとしか瞬間に

「待って!」と叫び、棺桶に頭をいれて、閉めさせないようにしていた。

今、思い出しても本当に辛い時間だった。


みっともないとか、我慢とか言ってる場合じゃなかった。

つい数日前まで、一緒に暮らしていた子供が・・・

なんとも言葉にする事ができない。


今でも解決していない事や、開けて見ることができない物もある。

いつかどこかで踏ん切りをつけないととは思っているけど。

悲しい話しだけど、大偉の事も話せて良かったと思う日だった。