2017年10月15日日曜日

15日(日)雨・・・勿体ない

平成二十三年
妙法 清澄院日大信士位
六月二日
俗名 田中大偉
享年十六歳

最近は、まったく書くことができていなかったので、少しづつ手帳に書き留めていた内容を書いていこうと思います。


様々な人種・・・

様々な仕事があるなか、毎日の世界の気象観測を行っている夫婦がいた。

場所は、世界の果て・・・今では場所すら思い出せないが

その場所にはその、後に夫婦となる人しか住んでいない。

始めは気象観測のため、選ばれた数人が暮らして仕事をこなしていた。

気がつけば残ったのは、二人だけ。

そしてのちに夫婦となり、今でも気象観測データを送信している。


その夫婦が言っていたのは・・・

「喧嘩するのがもったいない」

24時間しかない時間の中で、いろいろな事があるが喧嘩をしている時間が

勿体ない。

その言葉を耳にした時、ほんとにそうだなと思ってみていた。

ささいな言動、行動。

自分が蒔いた種もあれば、もらう場合もある。

その時々の心や、体の状態も違う。

もう少し冷静に相手の言葉を聞いてあげれたら。

もう少し相手の身になっていたら。

喧嘩する事はないだろう。

言うほうも言われるほうも嫌な喧嘩ではあるが

どちらにしても心の中を吐き出すので、嫌な言葉で傷つけてしまう。

言う側よりも言われた側はどんなに傷つくだろうに。

後から、なんであんな事を言ってしまったのだろうと思う事もある。


色々な人が社会で働いており、当然に違う考えの方もいる。

そんな事は当たり前の話しではあるが、

「喧嘩する時間がもったいない」という言葉を胸にしまっておこうと思う




2017年10月8日日曜日

8日(土)晴れ・・・わんちゃん

平成二十三年
妙法 清澄院日大信士位
六月二日
俗名 田中大偉
享年十六歳


駅までN-nahを送っている車の中・・・

日曜日にどこか行きたいところある?と聞くと

いつもは。。。出かけたいんだけどわからないとか、「う~ん」と言うのだけれど

今日は違っていた。


「名犬牧場」に行きたいと。


みるるが亡くなってからは、しばらくしてからショッピングモールで

ガラス越しに眺めていた。


今日は、晴天。

また、夏が戻ってきた感じ。

群馬県にある名犬牧場。

牧場と書いてあったので、ものすごく広いのかな?と思いきや

牧場を想像していたので、普通の広さだった。


小型犬から大型犬までいて、ドックランもある。

お金を払えば好きな犬種と散歩する事もできる。


大偉、N-nhaが小さい頃に何度か筑波山の麓にある「わんわんランド」に

行った事がある。


サークルの中に、入って触ったり抱っこする事もできるんだけど、

名犬牧場では、みんな餌をあげながら近寄らせているので、N-nhaの所に

中々近寄ってこない。

それでも、餌を買わず頑張っていると、プードルがN-nhaに近づいてきた。

何度か離れるものの、最後はN-nhaに戻ってくる。

N-nhaもご機嫌。

私も返り際にサークルに入り、プードルを触った。


みるるが亡くなって以来・・・

N-nhaは何を感じているのかな?

家内は?

家内もN-nhaの笑顔を見て満足だと思う。

こうして、また元に戻れたのだから。
















2017年10月2日月曜日

2日(月)曇りのち雨・・・N-nhaも

平成二十三年
妙法 清澄院日大信士位
六月二日
俗名 田中大偉
享年十六歳


9月と10月・・・・

半年の期末が終わり、これから新しい期が始まる。

半年の事業部の反省とこれからの施策などなど纏めなければならない・・・


毎晩遅く、毎朝早く出かける。

特に10月のこの月初は資料作成に終われ、ほぼ始発の電車。

あしたもほぼ始発かな?とおもながら帰りの電車の中で

N-nhaを思い出していた。


自分ですすんだ大学・・・

N-nhaも毎日、こんな生活をしていたんだなと思うと

二年間も良く頑張ったなぁ~と思う。

これから先、N-nhaは夢を実現に変える事になるんだろう。



2017年9月30日土曜日

30日(土)晴れ・・・毎年1回

平成二十三年
妙法 清澄院日大信士位
六月二日
俗名 田中大偉
享年十六歳


例年よりも1か月早く、この時期がやってきた。

大偉もN-nhaも出場した、全日本演武大会。

大偉は、2010年の全日本演武が最後となってしまったが・・・

(三橋先生と演武しているのが、大偉です。)



N-nhaは、6年生だったかな? 組杖で出場して「秘伝」という武道雑誌に掲載された事がある。

駒沢大学駅前から会場まで間にある公園で、ブランコに乗って楽しそうにしていた
N-nha・・・

中々、降りようとせず演武大会よりもブランコに夢中だった。

とても懐かしい。



一番の思いでは・・・

N-okoさん、R-maと私、大偉、N-nhaで其々が出場したファミリー演武かな。

入門した翌年だったと思う。

いろいろあって、2家族が出場した。


演武が終わってからかな?・・・自分たちの始まる前かな?

ちょっと忘れてしまったけど、ウォーミングアップできる場所で3人が

ニコニコしながら遊んでいる。

3人で壁にあたりながら跳ね返り、また壁にあたりながら跳ね返り・・・

時には自分たち同士でぶつかったりと、まるで昔のテニスのTVゲームのよう。

N-nhaは床が濡れている場所で転んだという。大偉は笑っていた。

この演武大会は、浦安よりも印象が強く残っている・・・

そんな話をI-ueさんと話しながら、明龍館の懇親会会場に向かっていた。


大偉が最後に出場した演武大会の年は、途中で帰り、渋谷の「金伝丸」で

ラーメンを食べて帰った。

散々、探して・・・・

だがとてもすぐ近くにあった。

そのラーメン屋も思い出の場所となってしまった。

いつもはラーメンを食べてから懇親会に向かっていた。

昨年は演武大会の日に行けなかったので、N-nhaの大学の収穫祭の帰りに

寄って食べた。

今年は、懇親会を途中で切り上げI-ueさんと食べに行った。


大偉と一緒に食べたあの時と同じ場所が、たまたま空いていた。

いつもなら、先客がいて待つのに・・・

大偉が空けておいてくれたのかな?


店員さんに場所を説明して、用意してもらった。

いつもと同じラーメンを同じ席で食べた。

・・・・I-ueさんが

大偉はここ?

そうです。そこに大偉が座って私はここでした・・・


最近・・・子供達の生活のリズムが変わり中々会えない会話もままならないまま

会えない日もある。

でも、会えない日があってもいつかは会える。

今日、話しをできなくても、顔を合わせる事ができなくても

数日の間にはあえる。

でも、田中さんは大偉と会えない・・・

最近、子供達と会えない思いを私の気持ちに置き換えると

会えないという意味の大きな違いを凄く感じる・・・

いつかは会えるのと、そのいつかもない。

言葉では、I-ueさんのその時の言葉を言い表す事は難しいけど・・・。


そんな話しをしながらも、私達を気遣ってくださっている。


この先も、年一回・・・大偉を思い出しに私はこの場所を訪れる。



2017年9月22日金曜日

22日(金)晴れのち雨・・・突然の

平成二十三年
妙法 清澄院日大信士位
六月二日
俗名 田中大偉
享年十六歳


期末の業務のため連日・・・・帰りが遅い。

疲れてはいるが、同じ部署の方々も同じ事。


今日も遅くなり川崎から品川に向かったが・・・突然の人身事故のアナウンスが入る。


あちゃ~・・・最終近い電車だったので帰る事ができるのか心配だった。


そんな時、まったく関係のない事を思い出してした。

昨年のBBQの二次会に向かう車の中だったと思う。

I-ueさんと車の後部座席に座り、N-okoさんが運転中


なぜだか私の家内への肩揉みについて話をしていた・・・

そんな事を思い出すが、今起きている人身事故とは繋がりがない。


また、ふとするとN-nhaの事を思い出す。

突然の大偉の事故・・・亡くなる。


朝、顔を合わせていたかどうかはわからないが、N-nhaは大偉を見ている。

家内は大偉ときっと話していると思う。

私達、家族が想像もしなかった事が起きる。


普通に会社に行き、N-nhaが中学校へ、大偉は自動車大学校へ。

いつも通り帰ってきて、みんなで食事をする。

普通に思うというか、そんな事を考えずに当たり前の光景が夜もあるはずだったのに。


まったく信じられない想像もつかない事が今、目の前の現実に起きている。


現実を受け入れるまでには相当の時間?日数?年月?がかかった。

今でも信じる事ができない。

家内も、両親も計り知れない悲しみだったと思うが、

一番辛く、悲しかったのはN-nhaかな?

もちろん家内もそうだと思うが、あのN-nhaの姿を思い出すといたたまれない。

慈恵医大柏病院の小さな待合室にぽつんと座っている家内。

病院に来るまでに、反対車線は事故規制があったと思うが

それを横目にみながら、大偉が・・・と思っていたに違いない。

私には想像もつかない。

その光景を目の当たりにしたら、私は平常心を保つ事ができないと思う。


大偉の姿は見えないけれど、心に中には大偉がいます。


これからも家族一緒です。

この先も一緒です。