2024年7月6日土曜日

5日(金)・・・辛い思い

平成二十三年
俗名 田中大偉
妙法 清澄院日大信士位
享年十六歳
六月二日


大偉のブログを見てコメントをくれた方の一人。

ほぼ1年振りのメール。

年1回の年賀状。

昔は、新宿で良く飲んだよね。


この時期になると都市対応野球が始まる。

東芝は出場するのかとHPをみると「えっ・・・ない」

も一度みてもない。


メールをすると代表決定戦で負けていた・・・ちょっとボロ負けの2敗。

いつもオープニングゲームだったのに。

大偉も一緒に観にいった事もあったので、とても残念。





その時、つい先日コメントをくれた方々、

メールをくださった方

会って話した方


それぞれ、辛く悲しい思いをしてきたんだな・・・と思った。

小さい頃にお父さんを亡くした方。

友人を亡くした方。

弟を亡くした方。

妹を亡くした方。

お母さんを亡くした方。

旅立ってしまった事だけが、辛く、悲しいだけではないが

まだ、成人にもなっていないあどけない子供なのに・・・



人は皆、多かれ少なかれいろいろな苦しみ、悲しみを乗り越えて

生きているんだな?と感じる。

これから長い人生・・・忘れる事のない出来事。

思いでを背負って、歩いていく。

ただ、前を向いて歩いていく。

その人の分まで。



2024年7月1日月曜日

1日(月)・・・守っている

平成二十三年
俗名 田中大偉
妙法 清澄院日大信士位
享年十六歳
六月二日


もうだめだ。

なんのために俺は生きているんだ・・・

生涯孤独。

何十回と死のうとしたが、ことごとく失敗に終わるA氏。


あるとき・・・4人の霊が見えた。

男性。

小さな男の子。

ちょっと太目な女性。

おばあちゃん。


それ以来、ずっとつきまとっている。

文句を言っても絶対に離れないで、側にいる。


そんな時、車の事故を思い出す。

とは言え小さい頃の事故だったので、あまり覚えていない。


数日が経ったある日。

鮮明に事故の事を思いだす。。。


その霊の4人は家族だった。

お父さんはタクシードライバー。

家族で出かけた時、横から突っ込まれ車が横転し、投げだされた。


A氏以外は、全員即死。


A氏は孤児院で育ったが、出た後は何をやっても上手くはいかず。

亡くなった家族は、いつもA氏の側で安全に過ごせるように

寄り添い、見守っていた。


それをみた時は、私も大偉とみるちゃんに見守られているんだね

と強く感じた。

目の前に立っていたとしても、私には何も見えないし、

声も聞こえない。

・・・・が、

必ず守ってくれている。


2024年6月30日日曜日

30日(日)・・・許す事とは

平成二十三年
俗名 田中大偉
妙法 清澄院日大信士位
享年十六歳
六月二日


前に観たドラマ?映画? 覚えていないけど・・・

台詞の言葉・・・「許す事とは」

この後、次の台詞までほんの少し間があった。

その瞬間、私の心の中では「すべてを受け入れる」と思った。


今まで生かされて、楽しかった事もあれば辛かった事、苦しかった事がいぱいあった。

嫌な気持ちなるような言葉もあった。

悔しくて、悔しくて涙が止めどなく流れた事もあった。


逆に、私が他の方に嫌な思いをさせた事もあった。

相手の気持ちも考えずに言いすぎてしまった事。

言動や行動・・・・ふとある時思い出す事があり、後悔している。

今でも、会って謝りたいと思っている。


自分がされた事はしっかり覚えているくせに、自分がした事は忘れてしまっている。

だから・・・いろいろと考えなければならない。尊重しなければならない。


にこやかに。

心穏やかに。

自分ができる精一杯の事をしなければならない。


はたまた、友人から、先輩から、両親から・・・

いままで数えきれない、数々の励ましの言葉がある事も忘れてはならない。

苦しい時に寄り添ってくれた人がいたことも・・・


前述に書いた・・・「許す事とは」

その台詞では、「前に進むこと」だった。

この二つの言葉の関係・・・

とても意味深い。

今まで生かされてきた人生を振り返るくらいの重い重要な言葉だと私は感じた。


大偉はこの言葉の意味をすでに分っていたと思う。


会社の同僚がある時こんな事を言っていた。

言霊・・・

心の中では、いろんな事を思っても構わない。

ただ、口から言葉にした瞬間、その人の思いへと変化する・・・




2024年6月29日土曜日

29日(土)・・・ようやく

平成二十三年
俗名 田中大偉
妙法 清澄院日大信士位
享年十六歳
六月二日


前に書いたブログや、コメント内容などあまり読み返す

事はしないんだけど、いただいたコメントやメールをなぜか

昨晩は全部読み返していた。


中には何度もメールをいただき、大偉へお礼の言葉までくださった方も。


事がことだっただけに、私へメールを出すのもかなり気を遣い

迷った事でしょう。

みんさんからいただいた言葉一つ一つに気遣い、寄り添いなど、

手に取るようにわかります。


数年前には、事故現場も再舗装され・・・

当時は隣の結婚式場?の門番人から、悪気はないと思うが

門出の場所のすぐ横に手向けてある花にどうしたのですか?と

聞いてきたりと・・・。

今でもその車線の上は走らないようにしている。


読み返すと・・・こんな事を話していたんだ~と当時が蘇る。

あれから13年が経ったけど・・・少しは強くなれたかな?


そんな中、名前が喉元まできているのに思い出せない人がいた。

自宅から出棺の時、来てくれた方なのに・・・。

去年だっけ? メールくれたの。とそのメールを

探そうにも名前がわからないので検索もできない。


ず~っとメールをざっと送りながら見たんだけど見落としているのかもわからない。


う~んと思いながらメールをいったりきたりしていると

あった・・・ようやくあった。


去年くらいかと思っていたら、2020年6月5日だった。

はじめてメールをいただいたのが、2012年1月28日・・・。


あれからもう4年が経っていたとは思わなかった。

結婚され二人の子供にも恵まれ、ママになっていました。


これで、名前は覚えた・・・

忘れていないけど・・・歳だからね。


上のお子さんは小1かな?


ブログを立ち上げた事は確か誰にも言っていなかったと思うけど、

大偉を探してくれて、今ではそれほど更新できていない記事を

見てくれて・・・

たまにコメントやメールをいただいたりと。


大偉も相当みんなに可愛がってもらえていたんだと感じます。


もしだよ・・・どこかの街で私を見かけたら

声をかけてくれると嬉しいかな。

そうそう会う事はないんだけど、一度だけ梅郷駅の改札で

大偉のお父さんですか?だったかな・・・ですよね?

だったかな、声をかけてくれた子がいて、嬉しかったなぁ。


たま~に、大偉の事を負担にならない程度に思い出して

くれたら親としてこれ以上嬉しい事はないです。


いつか、大偉の思いで話ができたらいいなと思います。

2024年6月28日金曜日

28日(金)・・・同じ気持ちで

平成二十三年
俗名 田中大偉
妙法 清澄院日大信士位
享年十六歳
六月二日


今日は朝から雨・・・昼頃からは土砂降りにちかいくらい。

6月2日の出来事。

I-ueさんも同じ思いで、その日を感じていた

毎年、大偉へのお心遣いの品が届くが、今年のその日を・・・・

私と同じ気持ちで迎えて、一日を感じていたとは思ってもみなかった。


しかも、今年はいつもの6月2日とは違っていたのだから。


雨・・・

さらに、その日の出来事を詳細に思い出させる。


大偉への思い、私達への思いを丁寧な気持ちで伝えてくれる。

会えば必ず、大偉の事を話してくれる。

ほんとうに感謝の気持ちでいっぱいです。


N-nhaや大偉がこうした素敵な人を引き寄せてくれたんだと思う。