2011年12月31日土曜日

2011年12月31日(土)晴れ ・・・証


平成二十三年
妙法 清澄院日大信士位
六月二日
俗名 田中大偉
享年十六歳


今日は、大偉とみるちゃんの仏壇と回りの写真を綺麗にした。

12月31日・・・

いつもなら、実家に行き年を越すんだけど。


今年は、大偉とみるちゃんと自分の家で年を越そうと決めた。



夕方・・・じいじとあーちゃんの家に行き、おじいちゃんと一緒に夕ご飯を食べた。


大偉がいたらなぁ~と思うが、きっとバイトをしていたんだろう。


帰り道・・・大偉がバイトをしていた99ショップの明かりがついていた。


わぁ~っ、さむって帰って来るんだろうね。


遠くから・・・大偉のバイク音はすぐわかるよ。



2011年・・・・大偉が生きた最後の年。


2011年6月2日 事故した日から、大偉の未来がはじまった。



大偉っ!

どんな未来を想像していたのかな?

どんな男になったのかな?

大偉の事だから、今までと変わらない男のまま成長していくんだろうな。


免許を取得して、2ヶ月も経たないのに・・・。

自分が、これだ!と思って選んできたバイクなのに・・・。


ちょっと、早いんじゃないの?

まだ、まだ乗るんだったのに。

いろいろとバイクで行きたかったんじゃなかったの?

ついこの間、ライコランドから2012年新春 初売りセールの葉書きが届いたよ。

今年の、お年玉で何を買おうか?と思っていたんじゃないの?

バイトで、何を買おうとかね。


修理は、もうちょっと待っててね。





大偉と同じ時を過ごしたお友達へ。


寂しい時もあったでしょう・・・

苦しい時もあったでしょう・・・

誰にも打ち明けられず、悩んだ時もあったでしょう・・・

一緒に、大声で笑った時もあったでしょう・・・

一緒に、バレーで汗を流したことでしょう・・・

一緒に・・・。


どんな時も、大偉と一緒にいてくれてありがとうございます。


もっと、もっとみんなといたかったと思います。


たったの16年。


本当にありがとう。


みんなは、自分の将来に向かって一歩ずつ歩んでくださいね。

大偉も、あっちで歩んでいると思うから・・・。


私も大偉が生きた証を胸にしまい、みんなの将来を期待しています。


2011年最後の夕日はきっと綺麗だったでしょう。


本当にありがとう。









H-kaさん
ソーアンディフィニオーデパルファム フランス製



出かける前にggmailを見ると、大偉のお友達のお母さんからメールが入っていた。
色々と、悩んだ末のメール内容だった。
いつもありがとうございます。

K-nta君・・・いつも大偉の事を気にしてくれてありがとうね。

いつかきっと笑いながら話せる時がくるよね。




・・・は、大丈夫かな?
頑張ったんだろうね。
不安もたくさんあるけど、がんばって。
苦しい時は、回りを頼っていいんだからね。




30日(金)晴れ ・・・あと1日


平成二十三年
妙法 清澄院日大信士位
六月二日
俗名 田中大偉
享年十六歳



今日から、我が家も大掃除。


毎日少しずつ始めていれば、年末にバタバタしなくてもいいんだけどね・・・。


掃除をしなければならないところ、片付けなければならないところはたくさんあって困ってしまうよ。



大偉の事も・・・まだまだある。



大偉っ!

I-kwaさんが永平寺に向かったよ。

大雪みたいなので、道中を見守ってやってね。





2011年も残すところ1日になったね。


2011年12月29日木曜日

29日(木)晴れ ・・・Christmas present


平成二十三年
妙法 清澄院日大信士位
六月二日
俗名 田中大偉
享年十六歳


慈恵医大に向かった。


昨日は、いやだなと思いながら寝たんだけど・・・。


車に乗りながら、バクバクと心臓が鳴っているのがわかる。


R16を柏方面に向かい事故現場を右手に見ると枯れたお花がが見えた。


12月3日に出向いてから、しばらく来ていないからね。


その時は、いちご・オレや、いろはす、柿ピー等々手向けてあったが、誰かが片付けてくれてあった。


今日は、お花とお線香、いろはすを手向けて帰った。



慈恵では、救急待合室に通され検案書、診断書の依頼手続きをした。



2011年6月2日・・・

17:00過ぎ。


私が到着するのを不安そうにこの待合室で家内は待っていた。


事故から、慈恵を訪れたのは2回目。



前回は、泣けて泣けて涙が止まらなかった。



今回は・・・



少しは時が解決してくれているのかな?


泣くほどではなかったが・・・


手続きが終わり待合室を出ると、一家族が外で待っていた。


時折見える消防救急隊の姿。


その方の家族?親戚?かはわからないが運ばれてきたみたい。



胸がきゅ~っと苦しくなるのがわかる。


救急で運ばれるなんていやだな。やっぱり。



pm12:30に家に着くと、先ほど郵便で届いたばかりのChristmas presentがH-kaさんから

届いていた。


今は、大偉の遺影の前に置いてありますよ。

2011年12月28日水曜日

28日(水)晴れ ・・・仕事納め


平成二十三年
妙法 清澄院日大信士位
六月二日
俗名 田中大偉
享年十六歳


午前中で、2011年最後の仕事納めをした。


打ち上げも途中で切り上げ、日本橋の日本興亜損保に向かった。


空を見上げると快晴。



担当者と書類関係で色々と話した。



提出しなければならない書類のため また、慈恵に行かなければならなくなった。


いやだな。


あの日に、引き戻されてしまうから・・・。


2011年6月2日に・・・。


帰りに上野に寄った。


信号待ち・・・。


空の雲は、目を凝らして見ないとわからないほど、ゆっくりと、ゆっくりと動いていた。


富士火災担当者へ、状況報告のため電話を入れた。


夕方の空雲のように、ゆっくりと進もうと思った。



あの日から、何とか仕事納めまで仕事をする事ができた。

公私にわたり、たくさんの方に支えられながら・・・


本当にありがとうございます。



大偉っ!

どう?

教えて!


27日(火)晴れ ・・・毎日、毎日


平成二十三年
妙法 清澄院日大信士位
六月二日
俗名 田中大偉
享年十六歳


ようやく12月度の仮締めが終わった。


今日はいつもよりだいぶ帰りが早い。・・・それでもpm10:30。


自転車は相変わらず寒いね。



明日は、今年の仕事納め。


その後は・・・日本橋にある日本興亜損保に向かう。




大偉っ!

明日は、2011年12月28日だよ。

わかっているよね。

ず~っと気にしていた日だからね。




あれから・・・大偉の遺影しか見ないけど本当に亡くなったのか、全然そんな気がしないんだよね。


何かの間違いじゃないの?ってね。いつも思うんだよ。



朝、起きてお線香をたき、帰ってきてからもたき。


大偉が生きた16年以上も毎日、毎日と繰り返し、思い続けて・・・。


大偉の夢はなんだったのかな・・・。