平成二十三年
妙法 清澄院日大信士位
六月二日
俗名 田中大偉
妙法 清澄院日大信士位
六月二日
俗名 田中大偉
享年十六歳
父の日のプレゼントを渡しに実家に向かった。
コロナ予防接種を1回目を受けたとは言え、心配なので
届ける事にだけした。
もともと、プレゼントも私の家に届けるようにしていたので
届いたら行こうと思っていた。
お昼過ぎに実家に着いた。
鍵穴がきしんで中々回らない。
ようやく開けて荷物を玄関に・・・
CRCで、鍵穴にかけたが、ほんの少しだけよくなったかな程度。
そのまま、幕張のイオンに向かった。
COSTCOと並列に並んでいる。
思ったほど道は混んではいなかったとおもったが、
メイン通りは、長蛇の渋滞でしかも店内は、「えっ」すごい混み具合で
酸素が薄~い。
早々に切り上げたが、お腹が空いていた。
どこで何を食べる?と聞くと・・・
お父さんは?と聞き返してきたので、迷わず「肉」と答えた。
二人は? う~ん・・・あまりお腹が減っていない。
えっ、そうなの?
でも今食べないと、夕飯なんて絶対無理だよと時計の針は3:00pmを回っていた。
帰り道に何があるの?
あれと、これと・・・そこを過ぎると後はなにもない。
会話をしながら、結局一番近い、ブロンコビリーにはいった。
食べながら、N-nhaがベナンに出発した帰りに、江戸川台のお店で食べたんだよ。
あれ以来だな。
羽田ターミナルで出発前に食事した写真を見ると
2018年10月9日 12:09の写真がその日一番最初に撮ったものだった。
今は、2021年・・・2年8か月振り。
今思うと、ベナンに行かせてよかったと思う。
将来の事も大事だけど、今、この瞬間のN-nhaの気持ちを
応援してよかった。
長野 駒ヶ根に語学研修に向かう同年7月5日のバスタ。
希望に満ち溢れている、N-nhaの姿。
とても輝いて見えた。
ついこの間までの面影はまったくないし、不安も感じていない様子。
ただただ、自分が描いていた扉の前にたった事が嬉しくしかたがない。
勉強もそこそこ、友達作りは大の苦手。
とても心配だった。
研修所でも、自分の語学能力を補填するべく、毎日遅くまで勉強して
頑張った。時には、半べそをかきながら電話をしてきた事もあった。
でも、自分で決めた事だったので、絶対に辞めるとは口に出さず
とにかく、昼間は先生をつかまえ、努力していた。
そんなN-nhaを思い出しながら、食べていた。
これから先、どんな未来が待ち受けているのだろう。
悪い事は考えたくはないが、この世の中で起きていることは
必然です。
N-nhaが幸せになることであれば、私はなんでもする。
もちろん、大偉の事も、みるるの事も同じ。
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