平成二十三年
妙法 清澄院日大信士位
六月二日
俗名 田中大偉
享年十六歳
例年よりも1か月早く、この時期がやってきた。
大偉もN-nhaも出場した、全日本演武大会。
大偉は、2010年の全日本演武が最後となってしまったが・・・
(三橋先生と演武しているのが、大偉です。)
N-nhaは、6年生だったかな? 組杖で出場して「秘伝」という武道雑誌に掲載された事がある。
駒沢大学駅前から会場まで間にある公園で、ブランコに乗って楽しそうにしていた
N-nha・・・
中々、降りようとせず演武大会よりもブランコに夢中だった。
とても懐かしい。
一番の思いでは・・・
N-okoさん、R-maと私、大偉、N-nhaで其々が出場したファミリー演武かな。
入門した翌年だったと思う。
いろいろあって、2家族が出場した。
演武が終わってからかな?・・・自分たちの始まる前かな?
ちょっと忘れてしまったけど、ウォーミングアップできる場所で3人が
ニコニコしながら遊んでいる。
3人で壁にあたりながら跳ね返り、また壁にあたりながら跳ね返り・・・
時には自分たち同士でぶつかったりと、まるで昔のテニスのTVゲームのよう。
N-nhaは床が濡れている場所で転んだという。大偉は笑っていた。
この演武大会は、浦安よりも印象が強く残っている・・・
そんな話をI-ueさんと話しながら、明龍館の懇親会会場に向かっていた。
大偉が最後に出場した演武大会の年は、途中で帰り、渋谷の「金伝丸」で
ラーメンを食べて帰った。
散々、探して・・・・
だがとてもすぐ近くにあった。
そのラーメン屋も思い出の場所となってしまった。
いつもはラーメンを食べてから懇親会に向かっていた。
昨年は演武大会の日に行けなかったので、N-nhaの大学の収穫祭の帰りに
寄って食べた。
今年は、懇親会を途中で切り上げI-ueさんと食べに行った。
大偉と一緒に食べたあの時と同じ場所が、たまたま空いていた。
いつもなら、先客がいて待つのに・・・
大偉が空けておいてくれたのかな?
店員さんに場所を説明して、用意してもらった。
いつもと同じラーメンを同じ席で食べた。
・・・・I-ueさんが
大偉はここ?
そうです。そこに大偉が座って私はここでした・・・
最近・・・子供達の生活のリズムが変わり中々会えない会話もままならないまま
会えない日もある。
でも、会えない日があってもいつかは会える。
今日、話しをできなくても、顔を合わせる事ができなくても
数日の間にはあえる。
でも、田中さんは大偉と会えない・・・
最近、子供達と会えない思いを私の気持ちに置き換えると
会えないという意味の大きな違いを凄く感じる・・・
いつかは会えるのと、そのいつかもない。
言葉では、I-ueさんのその時の言葉を言い表す事は難しいけど・・・。
そんな話しをしながらも、私達を気遣ってくださっている。
この先も、年一回・・・大偉を思い出しに私はこの場所を訪れる。
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