2013年8月23日金曜日

23日(金)晴れのち雨・・・ふと・・・

平成二十三年
妙法 清澄院日大信士位
六月二日
俗名 田中大偉
享年十六歳


20日まで休みをいただいていたので、この2日間の仕事をこなし

正常に戻すまで大変だった。


そんな忙しい時間だったのに、ふと頭の中をよぎった。



Yajiちゃんの弟の事だった。


痛かったろうなぁ~。

苦しかったろうなぁ~。

悔しかったろうなぁ~。

今頃何をしているのかな?

色々とやりたい事もあったろうに・・・

親を楽してあげるために頑張っていたのに・・・


事が起きるって・・・ほんの一瞬なんだよね。

その一瞬が・・・少しでいいから、ずれていたのなら。


3秒・・・

あと、3秒ずれていたら。

何も起きていなかった。


1秒の命の重さを知る。


1時間で、3600秒

1日で、86,400秒

1年で、31,536,000秒

5 件のコメント:

匿名 さんのコメント...

短い夏休みがとれたので。白虎隊が自刃した飯盛山から彼らと同じように鶴ヶ城を眺めてみたくなり会津若松を旅することにした。今日、宿とレンタサイクルを予約した。大偉の年齢はまさに白虎隊の年齢。飯盛山からどんなふうに鶴ヶ城がみえるのだろうか。なんだかわたしには大偉が白虎隊の面々と円陣を組んで談笑している姿が見える。(そこに酒はない)あのとき大偉の棺に時思わず「大偉痛くはなかったか」と聞いた自分を思い出す。飯盛山の白虎隊の子供たちにも思わず同じこと聞いてしまいそうだ。皆、心優しい立派なサムライだった。たまには一人旅も悪くない。大偉はもうその風景はとっくに見たか。R-SEI

管理人 さんのコメント...

私は25年以上も前に会津に行った事があります。とても綺麗な鶴ヶ城から飯盛山を見ました。
実直な白虎隊の子達からみれば、まさに火の海と勘違いをしたのでしょう・・・。
とても歴史を肌で感じる場所ですよね。


天気が不安定ですが、気をつけて楽しい旅にしてくださいね。

匿名 さんのコメント...

先ほど戻りました。裏磐梯の古い民宿泊。窓の風がもう冷たかった。鶴ヶ城で自転車を借りて坂道を飯盛山へ。白虎隊19の隊士の墓碑銘を正確に記載された単行本で確認し、お線香をあげました。皆16歳。言葉が出てこない。奥の大きな木の影の墓石にもお線香を。飯盛山から鶴ヶ城が小さく見えた。「大偉、お城が見えっどい!きっと手前の森が燃えて見えたんだろうなあ。」大偉との最後のお別れの時、持っていた黒のハンカチを忘れずにポケットにいれて飯盛山に持って来た。民宿で夜、手洗いして干してから寝た。R-SEI

管理人 さんのコメント...

お帰りなさい!
一人旅は満喫できましたか?

東京も福島程ではありませんが、蒸し暑くもなく少しずつ秋を感じます。

16歳とは。。。
一つの政治の中に巻き込まれてしまいとても残念な思いです。お互い会うこともない子と親となってしまった。
私は、まだ大偉に会えたので。。。。

また、旅のお話しを聞かせてくださいね!

匿名 さんのコメント...

地元の地図で「昼飯どうしようかなあ」って探してたけど、実は知らない食堂に入れなくて、結局、国道沿いの「カッパ寿司」に入ったんだわ。回ってるお皿を見て、妙に安心したりしてね。大偉が「せっかく旅してんのに、そんな所で一人で回転寿司なんて、変だね」と笑ってた。仕方ないよ。ホントはあんまり新しい事ができない性格なんだわ。慣れるとやたら喋るけどね、変だね。何皿食べたかなあ、掛け算してたら「大偉は「暗算」超速かった」と思った。R-SEI